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見なかった
創世記 9:18-29

 「彼らは顔をそむけて、父の裸を見なかった。」(23)

 箱舟から出たノアの息子たちは、セム、ハム、ヤペテでした。彼らを通して、人々が全地に広がるようになりました。それによってノアは新しい人類の先祖になりました。しかしノアもやはり人間として、弱いところがありました。ある日、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、彼の天幕の中で裸になりました。カナンの父ハムは、自分の父親の裸を見て、外に出て行って二人の兄弟に告げました。彼は父の裸を見て、おおいませんでした。むしろそれを現し、恥をかかせました。反面、セムとヤペテは父の裸を見ないようにしました。着物を取って、自分たちふたりの肩に掛け、うしろ向きに歩いて行って、父の裸をおおいました。
 ノアは酔いから覚めた後、息子たちが取った行ないによって、祝福と呪いをしました。その末の息子ハムがしたことを知り、ハムの子孫であるカナンを呪いました。カナンがセムとヤペテの奴隷になるように呪いました。反面、ノアはセムの神、主を賛美しました。神様がヤペテを広げ、セムの天幕に住まわせるようにと祝福しました。ノアを見る時、すばらしい人であっても、人間としてあやまちを犯すことがあります。そして彼の息子たちが、そのようなあやまちに対して、どのようにしなければならないのかを教えてくれます。憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおいます(箴10:12)。神様の人は、見るものと、見てはならないものとを分別し、あやまちをおおう人にならなければなりません。そのような人に神様の祝福があります。

祈り:主よ!私が見てはならないものを知る人であり、愛によって人のあやまちをおおう人になるように、助けてください。

一言:あやまちをおおい
カテゴリ:旧約聖書::創世記

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