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いのちの息を吹き込まれた
創世記 2:1-7

 「その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。」(7)

 神様の創造の御業は仕上げに入りました。神様は第七日目に休まれました。そしてその日を祝福し、聖であるとされました。安息日は他の日と区別された祝福の日です。私たちは安息日は他の日と区別して過ごさなければなりません。だからといって、安息日は無条件ただ休む日ではありません。神様を礼拝し、交わらなければなりません。神様の創造の御業を黙想しなければなりません。そうすれば普通の日とは違う特別な祝福が私たちと共にあります。
 2:4節からは、人間の創造を中心に、もう一度創造の御業を記録しています。主人公である人間が創造される前、地は寂寞とし淋しい状態でした。神様は地のちりで人を造られました。そしてその花にいのちの息を吹き込まれました。すると人は生きものとなりました。「生きものとなった」という意味は、生きて動く存在になったという意味です。神様のいのちの息がなければ、人は土の塊に過ぎませんでした。このような人間にいのちをくださった方は神様です。神様はいのちの源です。人々は時にはいのちが自分のものだと思い、自分勝手に振舞おうとします。しかしいのちは神様のものです。私たちはいのちをくださった神様に感謝し、貴く思わなければなりません。神様のために生きなければなりません。一方神様のいのちの息は、今日罪によって死んだ私たちを生かします。神様のいのちの息が私たちの中に入って行った時、どんな罪人も生き返ります(エゼ37:9)。生き返るだけではなく、生命力が満ち溢れる生活をするようになります。神様のいのちの息の働きはすなわちいのちの働きです。私たちはこのいのちの息の働きを望まなければなりません。

祈り:主よ!私にも神様のいのちの息を吹き入れて、生かしてくださり、生命力あふれる人生を過ごすように助けてください。

一言:いのちの息の働き
カテゴリ:旧約聖書::創世記

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