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天の御国のたとえ
マタイの福音書 25:1-30

「よくやった。良い忠実なしもべだ。」(21)

I.十人の娘のたとえ(1-13)
 天の御国はたとえて言えば、ともしびを持って花婿を迎える十人の娘のようです。ともしびと油を用意しておいた賢い五人の娘は、花婿が夜中に来た時、花婿を迎え入れ、婚礼の祝宴に入ることができました。しかしともしびだけを持って、油を用意しなかった娘たちは油がなくなって新郎を迎え入れることができず、婚礼の祝宴に入ることができませんでした。主はいつ来られるのか分かりません。ですから、私たちは賢い娘のように、いつでも主を迎え入れることができるように聖霊の油に満たされて生きて行きましょう。霊的な生活とは、一時的なものではなく、継続的なものなのです。

II.タラントのたとえ(14-30)
 主人が旅に行く時、しもべたちにおのおの能力に応じて、五タラント、二タラント、一タラントのお金を預けて下さいました。五タラントを預かったしもべと二タラントを預かったしもべは商売をし、預かったものに応じた利益を残しました。しかし一タラントを預かったしもべはそれを、地を掘って隠して置きました。時になって、主人が帰って来て清算をした時、主人から受けた恵みに応えたしもべは、「良い忠実なしもべだ」と賞賛され、主人の喜びにあずかることができました(23)。しかし与えられた恵みの意味が分からなかったしもべは「悪いなまけ者のしもべだ」と非難され、持っていたものをも取り上げられてしまいました(26-28)。私たちは皆、主から豊かな恵みを頂いて生きているのです。そのことを悟り、感謝の心で生きていくならば、主が再臨される時、祝福に与ることができます。

祈り:主よ!私が、あなたから預かったタラントを包み隠すことなく、感謝の心を持って、あなたに栄光をお帰しするような生き方が出来ますように導いてください。

一言:良い忠実なしもべだ

カテゴリ:新約聖書::マタイの福音書

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