2008年03月28日 (金)
Iコリント 15:29-34
「兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。これは、私たちの主キリスト・イエスにあってあなたがたを誇る私の誇りにかけて、誓って言えることです。」(30)
I.毎日が死の連続です(29-31)
使徒パウロは今、甦りを信じる人々に、行くべき道を指し示しています。彼自身の生き方を一つのたとえとして勧めているのです。パウロは甦りの望みの故に、多くの危険の中にあっても福音を伝えることができました。彼の生きる道は、一言で言うならば、毎日が死の連続だったのです(31)。彼は、毎日死を味わうほどの苦難を受けていました。彼はキリストに従うために、日々自分を捨てました。彼は、安逸に生きる道も、世の栄光を求める道も捨てました。彼はこの世でいくらでも認められることができる人物だったはずです。しかし彼は甦りの望みに生き、この世の栄光を犠牲にしました。甦りの望みに生きることは、この世を避ける隠遁生活ではありません。この世に在って、苦難や犠牲をも喜びとする生き方です。
II.目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめさない(32-34)
甦りに望みを置かない人々の生活はどうだったのでしょう。彼らは「あすは死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか。」と言いました(32)。退廃的で、むなしい生き方に身を委ねました。この世で全てが終るのであれば、できる限り楽しんで生きれば良いでしょう。しかしこの世の人生はむしろほんのつかの間です。復活の望みの中で生きる人々は神様の御国での永遠のために、瞬く間に過ぎ去るこの世で目をさまし、主を仰ぎ見て生きて行くのです。
祈り:主よ!あなたの甦りの望みの中で生きています。私が、その日その日の快楽に耽る世の人々に流されず、目を覚まし、日々、あなたを仰ぎ見て歩むことができますように、御導きください。
一言:死の連続を生きる
「兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。これは、私たちの主キリスト・イエスにあってあなたがたを誇る私の誇りにかけて、誓って言えることです。」(30)
I.毎日が死の連続です(29-31)
使徒パウロは今、甦りを信じる人々に、行くべき道を指し示しています。彼自身の生き方を一つのたとえとして勧めているのです。パウロは甦りの望みの故に、多くの危険の中にあっても福音を伝えることができました。彼の生きる道は、一言で言うならば、毎日が死の連続だったのです(31)。彼は、毎日死を味わうほどの苦難を受けていました。彼はキリストに従うために、日々自分を捨てました。彼は、安逸に生きる道も、世の栄光を求める道も捨てました。彼はこの世でいくらでも認められることができる人物だったはずです。しかし彼は甦りの望みに生き、この世の栄光を犠牲にしました。甦りの望みに生きることは、この世を避ける隠遁生活ではありません。この世に在って、苦難や犠牲をも喜びとする生き方です。
II.目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめさない(32-34)
甦りに望みを置かない人々の生活はどうだったのでしょう。彼らは「あすは死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか。」と言いました(32)。退廃的で、むなしい生き方に身を委ねました。この世で全てが終るのであれば、できる限り楽しんで生きれば良いでしょう。しかしこの世の人生はむしろほんのつかの間です。復活の望みの中で生きる人々は神様の御国での永遠のために、瞬く間に過ぎ去るこの世で目をさまし、主を仰ぎ見て生きて行くのです。
祈り:主よ!あなたの甦りの望みの中で生きています。私が、その日その日の快楽に耽る世の人々に流されず、目を覚まし、日々、あなたを仰ぎ見て歩むことができますように、御導きください。
一言:死の連続を生きる






