HOME > 2008年03月 > 17日


何のために
出エジプト 5:10-23

 「何のために、私を遣わされたのですか。」(22)

 「わたしの民を行かせなさい」と言われる神様の命令を聞いたパロの心はさらにかたくなになりました。彼は今、計略的に民たちを苦しめ始めました。パロは、イスラエルの民に以前と同じ量のれんがを作って収めるように命じましたが、今度は、れんがに入れるわらを自分で見つけ出すように命じました。そのために民たちはエジプトの全土に散って、わらの代わりに刈り株を集める苦労をしなければならなくなったのです。監督たちは、「おまえたちのその日その日の仕事を仕上げよ」とせきたて、イスラエルの人夫がしらを打って、定められたれんがの分を仕上げるように言いました。彼らは以前のようにわらも与えられることなく同じ数のれんがを作るように命じるのは理不尽だと思いパロに訴えましたが、それは徒労でした。出エジプトが主の御心ならば容易に成し遂げられるかのように思えますが、最初から困難が立ち塞がりました。
 こうしたことから、イスラエル人の人夫がしらたちの間には、怒りが湧き上がりました。モーセとアロンに会って、パロの憎しみを買い、彼らに怒りの剣を渡したのは二人なのだと不満をぶつけました。モーセは、自分のために、同族たちが、さらに酷い虐げを受けるようになったのかと思うとひどく心が痛みました。自分が何の助けにもならないのに、なぜ自分を遣わされたのか、と神様に訴えました。モーセは状況が悪い時に、神様に出て行って、心の苦しみをありのままに話し、神様の御声を願い求めました。「何のために・・・」信仰によって挑んだのに更に状況が悪くなった時、人は、他人を恨んだり、絶望してしまったりしやすいものです。しかし、こうした時こそ、神様の御前に出て行きましょう。助けを祈り求めましょう。

祈り:父なる神様!たとえ、世の人々に憎まれて状況が悪くなったとしても、屈することなく祈り続けます。

一言:状況が悪くなった時、更に祈りを
カテゴリ:旧約聖書::出エジプト記

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