HOME > 2008年02月 > 09日


祝福を奪い取ろう
創世記 27:1-34

 「イサクは、ヤコブの着物のかおりをかぎ、彼を祝福して言った。」(27)

 ヤコブは父イサクをだましてまでも、彼の祝福を受けようとしました。本来その祝福はエサウに与えられるものでした。しかし彼は母リベカの助けを受け、うそをついてまでその祝福を自分に向けさせました。そのような行為を人間の目から見れば、問題があるように思えます。実際に、父と兄を騙した結果、家から逃げざるを得なくなり、愛する母リベカも二度と会えなくなりました。しかし霊的な面から見れば、二つのことを見習うことができます。
 第一に、彼は父親の働きの偉大さを見ました。父イサクは年をとり、視力が衰えて、よく見えなくなりました。エサウとイサクも区別できないほどでした。またイサクは野心が大きい人でしたが、当代に何か大きな業績を残した人でもありません。野心の大きいヤコブから見ると、偉い父親だとは思えませんでした。しかしヤコブは、父イサクが祖父アブラハムの継承者であり、神様の祝福の源であることを知っていました。彼は神様の万民の救いの歴史を受け継ぎ、それに用いられようとする霊的な望みが大きい人でした。第二に、彼は神様の祝福を得ようとしました。ヤコブがそれほどまでに父の祝福を受けようとしたのは、父の祝福が、すなわち神様の祝福であることを知っていたからです。「ああ、わが子のかおり。主が祝福された野のかおりのようだ。神がおまえに天の露と地の肥沃、豊かな穀物と新しいぶどう酒をお与えになるように。」(28)。神様の祝福はヤコブの人間的な能力が限界に達した時に、大きな力を発揮しました。

祈り:主よ!私が信仰の先輩たちからの神様の祝福を引き継ぐ者になるように助けてください。

一言:神様の祝福
カテゴリ:旧約聖書::創世記

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