HOME > 2008年01月 > 21日


主が望まれる
創世記 16:1-16

 「主は私が子どもを産めないようにしておられます。」(2)

 アブラムが信仰生活を始めてから十年が経ちました。その間、アブラムの妻サライは一度も妊娠しませんでした。サライは、「主が自分の出産を許してくださらない」と考えました。それで彼女は続けて神様を信じるよりも、自分の女奴隷ハガルを通して、子どもを得ようとしました。自分の女奴隷ハガルをアブラムの妾としました。アブラムもサライの提案を拒むことができませんでした。このような人間的な努力はハガルの妊娠によって成功したかのように見えました。しかし全く予期しなかった問題が発生しました。妊娠したハガルは主人であるサライを見下すようになりました。サライはひどく怒り、アブラムを憎み、ハガイを虐待しました。結局ハガルはサライの虐待に耐え切れずに、身重の体で家出しました。人間的な方法を選んだことでアブラムの家庭は更に大きな問題に陥ったのです。
 神様はアブラムの家庭の問題を憐れました。彼らのあやまちと失敗を黙々と担ってくださいました。ハガルに現れ、再びサライのもとに帰って、身を低くして服従するように、命じられました。またハガルから生まれる子どもに名前をつけてくださいました。その子の将来を祝福してくださることも約束されました。ハガルは、自分の苦しみを聞き入れてくださる神様を、受け入れました。そして戻って来てイシュマエルを産みました。崩れた家庭の秩序が回復されました。誰よりもサライが出産することを願われた神様は、必ずご自分の力で出産の御業を行なわれます。人間的な方法に頼ってはいけません。最後まで信仰を持たなければなりません。

祈り:主よ!肉的、霊的子どもを得ることを望まれる神様を信じることで、最後まで信仰によって生きるように、助けてください。

一言:最後まで信仰によって
カテゴリ:旧約聖書::創世記

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