HOME > 2007年11月 > 23日


神様の子ども
Iヨハネ 3:1-10

 「私たちが神の子どもと呼ばれるために、」(1)

 神様はどんな愛を私たちにくださったのでしょうか。神様の愛は、私たちが神の子どもと呼ばれた愛です。私たちは過去罪の奴隷であり、怒りの子でした。ところが神様はご自分の御子イエス様の血で、私たちを贖い、ご自分の子どもとしてくださいました。これがどれほどの恵みであるのかを世の人々は知りません。世の人々は神様の子どもより財閥の御曹司のほうが良いと考えます。私たちも「神様の子どもとなってから苦労している」と思う時があります。しかし主が現れる時、子どもの本当の姿が現れます。人々が嘆き悲しむ時、私たちは栄光の主を見て、主のように栄光あるものになります。その日、私たちを子どもとしてくださった神様の愛がどれだけ驚くべきことなのか、知るのです。
 私たちには主の栄光の御姿を着る望みがあります。この望みを持つ者は、キリストが清くあられるように、自分を清くします。イエス様は私たちの罪を取り除くために世に来られました。罪のないイエス様が、私の罪を負って十字架で死なれました。このイエス様の中に留まる者は罪から自由にされています。「完全になった」ということではなく、「罪を犯し続けて生きることができない存在になった」ということです。神様の子どもは、神様の種がその人のうちにとどまり、罪のうちに歩むことができません。私たちは過去罪の快楽を好みました。罪の誘惑に勝つことができませんでした。しかし今は違います。神様の御言葉が与える喜びは大きく、罪の誘惑を退けます。イエス様を信じたことの故に、罪に打ち勝ち、きよい生活ができるのです。

祈り:主よ!私を子どもとしてくださった、あなたの愛に感激しています。あなたの子どもらしく生きることができますように助け導いてください。

一言:私は神様の子ども
カテゴリ:新約聖書::ヨハネの手紙第一

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