HOME > 2007年10月 > 07日


ダビデの最後のことば
IIサムエル 23:1-7

 「太陽の上る朝の光、雲一つない朝の光のようだ。雨の後に、地の若草を照らすようだ。」(4)

I.そのことばは、私の舌の上にある(1,2)
 ダビデは、神様によって高く上げられた者であり、油注がれた者であり、音楽家でした。しかし彼は、何よりも神様の御言葉のしもべとして用いられたことを賛美します。「主の霊は、私を通して語り、そのことばは、私の舌の上にある。」(2)。神様の御言葉が彼の舌の上にある時、ダビデはその民をいのちの道に導き、栄光ある神様の御国を立てることができました。私たちが自分をあけわたして、聖霊に満たされる時、神様の御言葉のしもべとして、用いられるようになります。

II.神様を恐れて治める者(3-7)
 ダビデはイスラエルの王として莫大な権力を持っていたため、それに甘んじて自分勝手な統治をしてもおかしくありませんでした。しかし彼は神様を恐れ、民たちを尊重し、その国を義をもって治めました。それによってサウルの支配下で苦しんできた民たちは平安を得て、幸福な人生を生きるようになりました。神様はこのような彼に「太陽の上る朝の光、雲一つない朝の光のようだ。雨の後に、地の若草を照らすようだ。」と言われました。具体的には、その国が永遠に続くことを約束され(Ⅱサム7:8-13)、その子孫の中からキリストをくださることで、その約束は成就しました。神様を恐れない者は火で焼かれるいばらのようですが、神様を恐れる者は太陽の上る朝の光、雲一つない朝の光のようであり、雨の後に、地の若草を照らすような者です。

祈り:主よ!私が、あなたを畏れ、太陽の上る朝の光、雲一つない朝の光のような人生を歩むことができますように。

一言:神様を畏れる者
カテゴリ:旧約聖書::サムエル記第二

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31     
<<   2022年 05月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ