HOME > 2007年10月 > 04日


民たちのうらみをはらす指導者
IIサムエル 21:1-22

 「こうして、彼らはサウルとその子ヨナタンの骨を、ベニヤミンの地のツェラにあるサウルの父キシュの墓に葬り、すべて王が命じたとおりにした。その後、神はこの国の祈りに心を動かされた。」(14)

I.民のうらみをはらすダビデ(1-14)
 ダビデの時代に三年間ききんがありました。ダビデが神様に出て祈った時、神様は、サウルがギブオン人たちを殺した罪からそのわざわいが来たことを、知らせてくださいました(2)。イスラエルは神様にかけて彼らに誓い、ギブオン人たちがその地で生きることを許しました(ヨシ9:3-27)。ところがサウルは民族に対する熱心のあまり、ギブオン人を虐殺する悪を行ないました。彼は神様と結んだ誓願を守りませんでした。神様はこのような悪に対して、ききんで懲らしめました(詩10:18)。
 ダビデは悪を行なった者たちを探して処刑しました。ところがこのことで二人の息子を失ったサウルの妻リツパは木にかけられて死んだ息子たちの死体を見て泣きました。この知らせを聞いたダビデは、その二人の息子をサウルとヨナタンと共に葬ることで、その母親の悲痛な気持ちを慰めてあげました。このように、ダビデが民たちの心を縛るうらみをはらした時、神様はその地のための祈りを聞かれ、雨を降らせてくださいました。指導者は権力で民たちを苦しめてはならず、むしろ苦しむ者たちを慰めてあげなければなりません。

II.ダビデの同労者たち(15-22)
 ダビデは多くの部下たちから「イスラエルのともしび」として尊敬されていました。彼が神様の御言葉を守り行なう生活をした時、その民たちを照らす神様のともしびとなりました。

祈り:主よ!私がダビデのように弱い者たちの痛みと苦しみを慰める者へと成長して行けますように助けてください。

一言:民のうらみをはらす指導者
カテゴリ:旧約聖書::サムエル記第二

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