HOME > 2007年08月 > 05日


いけにえよりも従順を喜ばれる神様
Ⅰサムエル 15:16-35

 「するとサムエルは言った。『主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。』」(22)

I.神様が喜ばれるもの(16-23)
 サウルは不従順の罪を認めずに、神様にいけにえをささげるために良いものを残して置いたと弁明しました。彼はいけにえをささげれば、全てのことが正当化されると思いました。しかしサムエルはサウルを厳しく咎めました。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」
 神様はいけにえを喜ばれる方ではなく、その御声に聞き従うこと、神様の御言葉を聞くことを、喜ばれる方です。私たちもサウルのように、神様がいけにえを喜ばれる方だという、あやまった考えを持ちやすいです。そこで主のために一生懸命働いているようにみえますが、御言葉に聞き従う生活はおろそかにしてしまいがちです。しかし神様はそれを喜ばれません。

II.サウルが願うこと(24-35)
 サムエルの厳しい言葉を聞いたサウルは、はじめて自分の不従順を認めました。しかし彼は民を恐れて、民の声に従うしかなかったと、弁明するばかりでした。それだけではなく、サムエルの上着のすそをつかんで、民の前で自分の面目を立てることを願いました(30)。彼は涙を流して悔い改めることより、民たちの前で自分の権威と面目を維持するのに関心を持っていました。

祈り:主よ!主が最も喜ばれるのは御言葉に耳を傾け、聞き従うことであることを学びました。私が目に見えるいけにえより、御言葉を聞くのに力を入れます。

一言:いけにえより従順を
カテゴリ:旧約聖書::サムエル記第一

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