HOME > 2007年07月 > 02日


オリーブの根のたとえ
ローマ 11:13-24

 「そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、」(17)

I.栄光ある務め(13-15)
 使徒パウロは異邦人の使徒としての自分の務めを重んじています。自分の同族も、異邦人たちが救いを得ることを見て、これをねたみ、同様にイエス様を信じて救いを得るようにと願っていたのです。その願い故に、彼は自分の務めを重んじ、さらに熱心に異邦人たちに福音を伝えました。彼は同族から迫害を受けましたが、同族の救いの望みを捨てず、自分の務めを重んじました。

II.異邦人に移されました(16-24)
 異邦人たちは、イスラエルの民が創造主である神様に仕え、律法の教えを受けている時、虚しい偶像に仕えていました。彼らは野生種のオリーブのように無益な罪の実ばかりを結び、さばきを受けるはずであったのです。しかし、そのような彼らがイエス様を受け入れ、オリーブであるイエス様につぎ合わされたのです。これは、ただ神様の恵みです。
 ですから高ぶってはいけません。神様は憐れみ深い方ですが、また厳しい方です。イスラエルが神様の民たちであったのに、彼らが驕り高ぶったが故に、神様は彼らをお捨てになったではありませんか。また捨てられた彼らがイエス様を信じれば、再びつぎ合わすこともできるのです。イスラエルか、異邦人かが問題ではありません。驕り高ぶるか、へりくだるかの問題なのです。異邦人でありながら救いを受けた私たちは、ただ主の御前にへりくだり、救いの恵みに感謝しつつ歩んで行きましょう。

祈り:主よ!あなたは、野生のオリーブだった私たちを救われ、オリーブの枝としてつぎ合わせてくださいました。私はこの御恵みを覚え、恵みの中で生きて行きます。

一言:オリーブにつなぎ合わされた私
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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