HOME > 2007年07月 > 01日


残された者
ローマ 11:1-12

 「今も、恵みの選びによって残された者がいます。」(5)

I.イスラエルの残された者(1-10)
 イスラエルはキリストを退けたことの故、倒されました。では、神様はご自分の約束を破り、ご自分の民を退けてしまわれたのでしょうか。使徒パウロは断固として「そんなことはありません。」と言います。一つには、使徒パウロ自身、アブラハムの子孫であり、ベニヤミン族の出身であることが、その証です。
 神様はどんな時代にも残された者を備えられます。彼らを通して働かれます。エリヤの時代、アハブとイゼベルが主の祭壇を壊し、全ての民が、バアルにひざをかがめるようにさせました。この時、エリヤは神様に訴え、なぜじっとしておられるのか・・・と言いました。すると神様はおこたえになられたのです。「バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。」と。
 イスラエルは神様に背を向けたが故に倒されました。しかし主に在る者は、必ず残されています。そして、神様御自身が、彼らを通して御業を成し遂げられるのです。神様は決して私たちをお見捨てにはなりません。

II.イスラエルの回復への望み(11,12)
 イスラエルは倒され、神様に御業はまるで失敗したかのようです。しかしイスラエルが倒されたことを通して、救いは、異邦人へと広がって行きます。それは、異邦人の救いによって、イスラエルにねたみを起こさせ、彼らも、またイエス様を信じ、救いを得るようにという神様の御計画でした。神様の御業に失敗は無く、全ては計画のうちにあります。

祈り:主よ!あなたには失敗がありません。私を御守りください。信仰によって生き抜き、この時代の残された者となれますように。

一言:主に在って失敗はない
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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