HOME > 2007年06月 > 16日


アダムとイエス・キリスト
ローマ 5:12-21

 「ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。」(19)

 私たちがイエス様の十字架の恵みを信じることで救いを受けたと言う時、「一人の死が総べての人を救うことができるのか。」また、「二千年前の十字架の出来事が今日の私にも効果があるのか。」という疑問が投げかけられるかも知れません。パウロはこうした疑問に対して、アダムのたとえを上げて、具体的に説明しています。
 人類の祖として造られたアダム一人は神様に背き、そのことによって、罪がこの世に入り込み、罪によって死が来ました(12)。モーセの律法以前にも、罪はすでに存在し、人々は罪の下に置かれていたのです(13,14)。アダム一人の不従順が全人類に影響を及ぼしました。これはアダムが全人類を代表するものとして象徴されるからです。
 イエス・キリストの恵みについてもこれと同様です。イエス様は第二のアダムとして人類の新しい祖として来られたのです(14b)。このイエス様はアダムとは違い、神様に死ぬまで従われました。アダムの不従順が全人類に死をもたらせたように、イエス様の義の行ないは全人類に神様の賜物であるいのちが満ち溢れさせます。彼を信じる者は誰でも義と認められて、いのちを与えられるのです(18)。罪が死の世界で支配したように、神様の恵みはイエス様の中で支配し、永遠のいのちを得させます(21)。イエス・キリストの義の行ないは今日の私たちにまで神様の恵みを与えてくださるのです。

祈り:主よ!あなたの従順によって今日の私が救いを受けるようになりました。私も、あなたのような従順によって、いのちの御業に用いられる者としてください。

一言:主に在る一人の影響力
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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