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賠償に関する定め
出エジプト記 22:1-15

 「もし彼が何も持っていないなら、盗んだ物のために、彼自身が売られなければならない。」(3)

 人が牛や羊を盗んで殺したり売ったりした場合、牛の場合は五倍、羊の場合は四倍で償わなければなりません。償いをするものを持っていなければ、体を売ってでも徹底的に償いをしなければならないと言われています(3)。神様は、私たちの私有財産権を保障されています。他人のものを盗むという行いは、貪欲と怠惰の心の結果です。神様は、自分の手で熱心に働いて正当な労働の代価を得るように願われるのです(Ⅰテサ4: 11,12)。正当な労働の代価ではなく不正な方法でお金を儲けることも、盗みと変わりません。盗みは聖なる神様の民にふさわしくありません。私たちは盗まず、熱心に働いて自分の食物を食べ、さらには良いことに使うように努めようではありませんか(エペ4:28)。
 自分の家畜が他人の畑や食料やぶどうを食べた場合、自分の畑やぶどう園の収穫の最良の物で償いをする必要があります。神様は、私たちに、あやまって他人を害した場合であっても、自分のあやまちの責任を負う者であるように願われます。「家畜がそうである」「失敗して」と言って責任逃れをしようとすべきではないのです。他人のものを預かったのに、死んだり怪我をしたりした場合には、裁判所に行って、判決を受け、償いをしなければなりません。財産を預かった者が手を出さなかったと誓えば、預けた者は、その言葉を信じるべきです(11)。私たちは、神様の民として、他人の財産権を尊重し、互いに信頼できる者となるべきです。神様がそのように望まれているのです。

祈り:主よ!私が他人の財産を尊重する者でありますように。自分の貪欲ではなく、人との信頼こそを大切にして生きて行けますように。

一言:盗んではならない
カテゴリ:旧約聖書::出エジプト記

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殺人と暴力に関する定め
出エジプト記 21:12-27

 「人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならない。」(12)

 人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならないと告げられています。また、自分の両親を打つ者、人を誘拐した者、両親を呪った者も、必ず殺されなければならないと告げられました。他の命を軽んじる者は自らの魂をも喪失することになるのです。神様は人間のいのちを尊重されます。それは、人が神様のかたちにつくられた尊い存在だからです(創9:6)。ですから、どんな場合も殺人を犯してはなりません。殺人は憎しみやねたみから生まれます。イエス様は、兄弟に怒り、兄弟に向かって悪口を言って憎むことも、殺人であると言われました(マタ5:22)。今日、人の命がいかに軽んじられていることでしょうか。お金を神様のように崇め、人の命は虫けらのように考える人々がいます。自分を満足させるために互いを謗り合い、ついには殺人まで犯すのです。それは悪魔の支配下にあるからです(ヨハ8:44)。このような時代に私たちは、人命を尊び、神様の良き知らせを宣べ伝えて行こうではありませんか。神様の良き知らせ、それは、いのちを生かす力なのです。
 人を傷つけたならば、必ず償いをし、治療をしなければなりません。しもべを傷つける主人は、その代償として、その奴隷を自由にしなければなりません(26,27)。傷を受けた際の報復について、神様は、目には目、歯には歯、手には手、足には足、やけどにはやけど、傷には傷、打ち傷には打ち傷・・・と言われました(24,25)。しかし、この御言葉は報復を奨励するものではありません。私たちが感情に流され、受けた被害以上の報復することで暴力の連鎖が起こってしまうことを防止するために、報復の上限を定めるものです。

祈り:主よ!私は、傷つける言葉と行ないを悔い改めます。あなたの御旨に生きることができますように。いのちを生かす、あなたの恵みに生きることができますように。

一言:福音を伝え、いのちを生かす
カテゴリ:旧約聖書::出エジプト記

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主人と奴隷についての定め
出エジプト記 21:1-11

 「あなたがヘブル人の奴隷を買う場合、彼は六年間、仕え、七年目には自由の身として無償で去ることができる。」(2)

 その当時、ヘブル人が奴隷になる場合は、負債が返せない時(レビ25:39)と盗んだものを弁償する能力がない時でした(22:3)。ところが一度奴隷になると、死ぬまで奴隷として生きなければなりませんでした。主人は奴隷を労働力として徹底的に利用しようとし、彼らの人権や幸福のことなど考えませんでした。これが当時の風習だったのです。しかし神様は、ヘブル人の奴隷を買う場合、六年間は仕えさせ、七年目には無償で去らせるように言われました。 もし、主人が一度自分のものと定めた女奴隷を気に入らなくなった場合、主人は、その女奴隷を外国人に売ることはできず、彼女が買い戻されることを許さねばなりません。また、女奴隷を息子に贈与するばあい、娘のように扱い、息子が他の人と結婚しても、その女奴隷には衣食住を保障しなければなりませんでした。神様は、すべての人の人間としての尊厳を大切にされました。すべての人が幸福に生き、お互いの人権を尊重するように掟を定められたのです。
 今の時代に、奴隷制度は無いにしても、私たちは雇われ人や負債を負った人や弱者のことを考え、彼らの人権を尊重すべきです。彼らには幸福を求める権利があること、人間としての尊厳があることを認めなければなりません。この世で、人々は、貧困、制度、さらには罪などに束縛されています。しかし、神様の御心は、全ての人が自由に生きることなのです。

祈り:主よ!人間の自由を尊んでくださることを感謝します。私が、あなたの御心のままに、人々の尊厳や幸福のために働くことができますように。私を遣わしてください。

一言:私たちの自由を願われる神様
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十戒
出エジプト記 20:1-17

 「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」(3)

 神様はイスラエルと契約を結ばれる時、彼らに守るべき戒めの御言葉を与えられました。最初に、神様はご自分が彼らをエジプトの地、奴隷の家から連れ出された主なる神様であることを御告げになります。この御方は唯一のまことの神様です。この御方ほかに、別の神は無く、仕えるべきものもありません(3)。この世の何ものをも偶像としてはならず、拝んではなりません。この世のものを拝むことは、唯一の神様からの断絶を意味するからです。神様の御名を、みだりに唱えてはなりません。また、安息日を覚え、これを聖なる日として守るべきです。このような戒めは、私たち人間が何よりも神様を愛するべきであることを教えています(マコ12:30)。神様を畏れ、神様を愛し、その戒めを守るならば、神様はその愛を受け入れてくださいます。神様も、その人を愛し、千代にまで恵みを与えてくださるのです。しかし神様に背を向ける者は、三、四代にまでその罪の報いを受けることとなります。
 神様は、ご自分の民が人間関係において守らなければならない戒めも与えられました。まず、「父と母を敬え」という戒め、そして殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、隣人の家を欲しがってはならない、という戒めを与えられました。これらの戒めは、単なる禁止事項の羅列ではありません。隣人を自分のからだのように愛するべきであることを教えているのです(マコ12:31)。私たちは価値観と倫理の混乱した混沌とした時代に生きています。このような時代にあっても、十戒は、神様の民が正しく、聖なる生き方をするための基準を示しています。

祈り:主よ!みだらな、不道徳なこの時代の中でも、ただ、あなたを愛し、そして、隣人を愛する生き方を選ぶことが出来ますように。私を御導きください。

一言:神様を愛し、隣人を愛する。
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火の中にあって、降りて来られた神様
出エジプト記 19:7-25

 「それは主が火の中にあって、山の上に降りて来られたからである。」(18)

 イスラエルは神様が結ぼうとされる契約の御言葉を聞いて、神様が命じられるとおりに行なうと約束しました(8)。それで神様は彼らと契約を結ぶために、濃い雲の中で臨まれようとされました。神様がこのように降りてこられ、モーセと話そうとするのは、民たちがモーセを神様のしもべとして信じるようにするためです(9)。私たちは神様の立てられたしもべを信じて、彼に従わなければなりません。
 神様は民たちが降りて来られる神様をお迎えするように準備をさせました。まず着物を洗い、体をきよめ、慕い求める心で三日間待つように言われました。そして神様が降りて来られる時、近づいて来ないようにされました。ついに三日目の朝に、神様は雷と稲妻と濃い雲と、大きな角笛と共に、火の中で、シナイ山に降りて来られました(18)。民たちは遠くからその姿だけを見ても、みな恐れて震えました。神様は罪人が近づいて来ることのできない大きく威厳あり、聖なる方です(12,21)。罪人たちは誰でもこの神様に出て行くことができません。それで神様はモーセを仲介者として立て、彼を通してイスラエルに言われました。しかし新約聖書のクリスチャンたちはイエス・キリストの十字架の血の恵みに頼って、いつでもこの栄光ある神様、聖なる神様の前に出て行って、交わる恵みを得るようになりました。

祈り:主よ!私が大いなる神様の前に出て行くことができない罪人です。ただイエス様の血の恵みに頼って出て行きます。

一言:大きく威厳のある神様
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