2007年02月08日 (木)
伝道者の書 12:1-14
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」(1)
I.創造者を覚えよ(1-7)
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」。伝道者のことばです。若い時には、可能性と機会の時であり、望みの時です。また自由の時です。反面、精神的には混同の時であり、多くの誘惑と試みに直面する時です。ところが人には、いつまでも若い時が続くのではなく、いつも祝福の日だけがあるのではありません。わざわいの日が来て、「何の喜びもない」と言う年月が来ます。太陽と月が暗くなり、雨の後にまた雨雲がおおう日が来ます。
その日は神様の日であり、人々は恐れおののき、歌を歌う娘たちはうなだれます。道でおびえ、人は永遠の家へと歩いて行き、銀のひもは切れ、金の器は打ち砕かれ、全てのものが消え去ります。その日が来ないうちに、創造者を覚えるべきなのです。
II.神様を恐れ、神様の命令を守れ(8-14)
伝道者がすべてのことを追求した時、結局は空でした。彼は「空」と繰り返して言います。その言葉だけを聞くと、彼は虚無主義者のようであり、虚しいことを並べ立てる者のようです。しかし彼の目的はそれではなく、他のところにあります。「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(13)。神様を恐れることが最高の義務です。若者が最も力を入れるべきことです。それで神様の栄光が現われ、若者は最も意味のある人生を生きるようになります。
祈り:主よ!世界の若者たちが虚無に陥ることなく、創造者であるあなたを覚え、あなたを畏れる道を選ぶことができますように。
一言:若者の時に創造者を覚えよ
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」(1)
I.創造者を覚えよ(1-7)
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」。伝道者のことばです。若い時には、可能性と機会の時であり、望みの時です。また自由の時です。反面、精神的には混同の時であり、多くの誘惑と試みに直面する時です。ところが人には、いつまでも若い時が続くのではなく、いつも祝福の日だけがあるのではありません。わざわいの日が来て、「何の喜びもない」と言う年月が来ます。太陽と月が暗くなり、雨の後にまた雨雲がおおう日が来ます。
その日は神様の日であり、人々は恐れおののき、歌を歌う娘たちはうなだれます。道でおびえ、人は永遠の家へと歩いて行き、銀のひもは切れ、金の器は打ち砕かれ、全てのものが消え去ります。その日が来ないうちに、創造者を覚えるべきなのです。
II.神様を恐れ、神様の命令を守れ(8-14)
伝道者がすべてのことを追求した時、結局は空でした。彼は「空」と繰り返して言います。その言葉だけを聞くと、彼は虚無主義者のようであり、虚しいことを並べ立てる者のようです。しかし彼の目的はそれではなく、他のところにあります。「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(13)。神様を恐れることが最高の義務です。若者が最も力を入れるべきことです。それで神様の栄光が現われ、若者は最も意味のある人生を生きるようになります。
祈り:主よ!世界の若者たちが虚無に陥ることなく、創造者であるあなたを覚え、あなたを畏れる道を選ぶことができますように。
一言:若者の時に創造者を覚えよ
2007年02月07日 (水)
伝道者の書 11:1-10
「朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。」(6)
I.神様のみわざを知らない(1-6)
人があれこれと考え計算しますが、あまり働きません(4)。ところが人は風がどこから吹くのか、妊婦の胎内の骨がどのように成長するのかを知らないように、全てのことを成し遂げられる神様の御業を知りません。
私たちがすることは、朝種をまいて、夕方も手を放してはならないことです。これがうまくいくのか、あれがうまくいくのか、あるいは両方ともうまくいくのか、分かりません。私の考えでは、はっきりとこれがうまくいくように思えても、もう一方がうまくいく場合がよくあります。それで私たちは与えられたことに最善を尽くさなければなりません。確実でない将来を言い訳にして、怠惰を合理化してはいけません。
II.やみの日も忘れてはならない(7-10)
光は快く、人は長年生きれば、いつも楽しみがあるように思えます。しかし人生にはいつも良いことだけがあるのではありません。むしろやみの日も数おおくあるので、その日を忘れてはいけません。それで喜ぶだけではなく、その人を備えなければなりません。
若者はその若さを楽しみ、心のおもむくまま、目の望むままに歩みやすいです。その若さを放蕩し乱費しやすいです。しかしその全ての行ないで神様がさばかれます。神様のさばきを考え、悲しみ、悪を退け、善に従って、善の実を結ばなければなりません。
祈り:主よ!全てを成就される神様のみわざを、私たちは知りませんが、全てのものが神様の御旨に従って行なわれることを信じます。
一言:全てを成就される神様の働き
「朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。」(6)
I.神様のみわざを知らない(1-6)
人があれこれと考え計算しますが、あまり働きません(4)。ところが人は風がどこから吹くのか、妊婦の胎内の骨がどのように成長するのかを知らないように、全てのことを成し遂げられる神様の御業を知りません。
私たちがすることは、朝種をまいて、夕方も手を放してはならないことです。これがうまくいくのか、あれがうまくいくのか、あるいは両方ともうまくいくのか、分かりません。私の考えでは、はっきりとこれがうまくいくように思えても、もう一方がうまくいく場合がよくあります。それで私たちは与えられたことに最善を尽くさなければなりません。確実でない将来を言い訳にして、怠惰を合理化してはいけません。
II.やみの日も忘れてはならない(7-10)
光は快く、人は長年生きれば、いつも楽しみがあるように思えます。しかし人生にはいつも良いことだけがあるのではありません。むしろやみの日も数おおくあるので、その日を忘れてはいけません。それで喜ぶだけではなく、その人を備えなければなりません。
若者はその若さを楽しみ、心のおもむくまま、目の望むままに歩みやすいです。その若さを放蕩し乱費しやすいです。しかしその全ての行ないで神様がさばかれます。神様のさばきを考え、悲しみ、悪を退け、善に従って、善の実を結ばなければなりません。
祈り:主よ!全てを成就される神様のみわざを、私たちは知りませんが、全てのものが神様の御旨に従って行なわれることを信じます。
一言:全てを成就される神様の働き
2007年02月06日 (火)
伝道者の書 10:1-20
「死んだはえは、調合した香油を臭くし、発酵させる。少しの愚かさは、知恵や栄誉よりも重い。」(1)
一匹のはえが香油のびんに落ちて死ねば、びんから悪臭が放ちます(1)。このように少しの愚かさは知恵や栄誉よりも重いです(1)。少しの愚かさ、小さなあやまちと失敗が、積み重ねて来た良い影響力や栄誉を一瞬のうちに失わせ、人生を滅ぼすこともあります。過去の小さな失敗とあやまちが私たちの人生を台無しにすることもあります。それで私たちはちょっとした愚かさに陥らないように注意しなければなりません。また小さな失敗やあやまちであっても、早く悔い改め、立ち帰り、その悪影響から抜け出さなければなりません。
支配者が立腹してとがめる時、反発してその場を離れれば、さらにその怒りを買うようになります(4)。悔しくても謙遜にその言葉を聞けば、彼の怒りをやわらげ、大きな罪を犯さないようにします。
鈍くなった斧の刃をとがないと、もっと力がいります(10)。知恵ある大工は暇さえあれば、刃やのこぎりをといで置いて、働く時余計な力がかからないようにします。このように日頃知恵を得れば、成功するのに益になります。日頃、外国語の刃をといでおけば、後に益を受けるようになります。日頃、神様の御言葉に聞き従う敬虔の刃をといで置けば、試練の時や決定的な瞬間に力が奪われず、神様を喜ばし、勝利の人生を生きることができます。
王が子どもであって、首長たちが朝から快楽を楽しむ国はわざわいです(16)。なまけて家を修理しなければ、天井が落ち、雨漏りがする痛手を負うようになります(18)。
祈り:主よ!私が大きな知恵を得ることができなくても、小さな愚かさに陥らないことで、成功の人生を生きるように助けてください。
一言:小さな愚かさは人生を滅ぼす
「死んだはえは、調合した香油を臭くし、発酵させる。少しの愚かさは、知恵や栄誉よりも重い。」(1)
一匹のはえが香油のびんに落ちて死ねば、びんから悪臭が放ちます(1)。このように少しの愚かさは知恵や栄誉よりも重いです(1)。少しの愚かさ、小さなあやまちと失敗が、積み重ねて来た良い影響力や栄誉を一瞬のうちに失わせ、人生を滅ぼすこともあります。過去の小さな失敗とあやまちが私たちの人生を台無しにすることもあります。それで私たちはちょっとした愚かさに陥らないように注意しなければなりません。また小さな失敗やあやまちであっても、早く悔い改め、立ち帰り、その悪影響から抜け出さなければなりません。
支配者が立腹してとがめる時、反発してその場を離れれば、さらにその怒りを買うようになります(4)。悔しくても謙遜にその言葉を聞けば、彼の怒りをやわらげ、大きな罪を犯さないようにします。
鈍くなった斧の刃をとがないと、もっと力がいります(10)。知恵ある大工は暇さえあれば、刃やのこぎりをといで置いて、働く時余計な力がかからないようにします。このように日頃知恵を得れば、成功するのに益になります。日頃、外国語の刃をといでおけば、後に益を受けるようになります。日頃、神様の御言葉に聞き従う敬虔の刃をといで置けば、試練の時や決定的な瞬間に力が奪われず、神様を喜ばし、勝利の人生を生きることができます。
王が子どもであって、首長たちが朝から快楽を楽しむ国はわざわいです(16)。なまけて家を修理しなければ、天井が落ち、雨漏りがする痛手を負うようになります(18)。
祈り:主よ!私が大きな知恵を得ることができなくても、小さな愚かさに陥らないことで、成功の人生を生きるように助けてください。
一言:小さな愚かさは人生を滅ぼす
2007年02月05日 (月)
伝道者の書 9:1-18
「すべて生きている者に連なっている者には希望がある。生きている犬は死んだ獅子にまさるからである。」(4)
正しい人も、知恵ある者も、彼らの行ないも、みな神様の御手の中にあり、彼らが愛されるのか、憎まれるのか、誰も分かりません(1)。私たちがいくら正しく知恵あるからと言って、一瞬のうちに罪に落ちて愚かな者になることもあります。それで私たちは、自分たちの義と知恵が神様の恵みであることを知り、もっと謙遜に神様の恵みを求めなければなりません。
すべて生きている者には希望があります(4)。生きている犬が死んだ獅子にまさるように、私たちがいくら見栄えもせず、辛い状況の中にいても、死んだ人よりは勝っています。生きている人は神様がお与えになった多くの喜びを受ける特権があります。それで人生が辛くても、生きていることで感謝し、今神様がくださったものを積極的に受けて生活しなければなりません。喜んで与えられたパンを食べて、飲み(7)、自分を着飾って品位あるようにし(8)、愛する妻とともに喜び(9)、生きて働けることを幸いとし、与えられたことを力を尽くして行なわなければなりません(10)。これが神様が私たちにお与えになった祝福であり、知恵で生きる秘訣です。
早く走ったからといって、必ず一等になるのではなく、強いからといって、戦争で勝利するのではありません(11)。一生の生死、幸不幸は神様の手にかかっています。知恵が力よりまさり、知恵ある者の静かなことばは、愚かな者の間の支配者の叫びより勝ります(17)。私たちが知恵のみなもとである神様に出て行く時、このような知恵を受けることができます。
祈り:主よ!私が生きていることに感謝し、私に与えられた喜びが如何に大きいものであるのかを知り、あなたの喜びに生きることができますように。
一言:生きている者の祝福
「すべて生きている者に連なっている者には希望がある。生きている犬は死んだ獅子にまさるからである。」(4)
正しい人も、知恵ある者も、彼らの行ないも、みな神様の御手の中にあり、彼らが愛されるのか、憎まれるのか、誰も分かりません(1)。私たちがいくら正しく知恵あるからと言って、一瞬のうちに罪に落ちて愚かな者になることもあります。それで私たちは、自分たちの義と知恵が神様の恵みであることを知り、もっと謙遜に神様の恵みを求めなければなりません。
すべて生きている者には希望があります(4)。生きている犬が死んだ獅子にまさるように、私たちがいくら見栄えもせず、辛い状況の中にいても、死んだ人よりは勝っています。生きている人は神様がお与えになった多くの喜びを受ける特権があります。それで人生が辛くても、生きていることで感謝し、今神様がくださったものを積極的に受けて生活しなければなりません。喜んで与えられたパンを食べて、飲み(7)、自分を着飾って品位あるようにし(8)、愛する妻とともに喜び(9)、生きて働けることを幸いとし、与えられたことを力を尽くして行なわなければなりません(10)。これが神様が私たちにお与えになった祝福であり、知恵で生きる秘訣です。
早く走ったからといって、必ず一等になるのではなく、強いからといって、戦争で勝利するのではありません(11)。一生の生死、幸不幸は神様の手にかかっています。知恵が力よりまさり、知恵ある者の静かなことばは、愚かな者の間の支配者の叫びより勝ります(17)。私たちが知恵のみなもとである神様に出て行く時、このような知恵を受けることができます。
祈り:主よ!私が生きていることに感謝し、私に与えられた喜びが如何に大きいものであるのかを知り、あなたの喜びに生きることができますように。
一言:生きている者の祝福
2007年02月04日 (日)
伝道者の書 8:1-17
「神を恐れる者も、神を敬って、しあわせであることを知っている。」(12b)
I.明日のことは主に委ね(1-8)
人の知恵は、その人の顔を輝かし、その固さを和らげます(1)。私たちが神様の知恵であるイエス・キリストを得るようになれば、顔色が良く、輝くようになります。この世で神様の栄光を現す者になります。
何事にも、そのことが成し遂げられるふさわしい時があります(6)。知恵ある者はこれをよく分別して行ないます(5)。人は明日のこともわかりません。またそのいのちと、死ぬ日を支配することができません(8)。それで将来は神様にゆだね、今を忠実に生きなければなりません。
II.悪い行ないに対する宣告がすぐ下されなくても(9-17)
悪者は死に葬られ、正しい人は人々に忘れられたまま死ぬこともあります(10)。人々は、悪い行ないに対する宣告がすぐ下されないのを見て、神様のさばきがないと思い、大胆に悪を行ないます(11)。しかし罪人が百度悪事を犯し、長生きしているようであっても、結局は神様を恐れ敬う者がしあわせです(12)。
私たちは神様が行なわれることを、すぐに悟ることはできません(17)。今、正しい人が捨てられた者のようであっても、後になって見ると、歴史が再評価するのが分かります。それで私たちは今神様のさばきが現われなくても、落胆したり不平を言ったりせずに、神様の御前で義を行なって、生きなければなりません。
祈り:主よ!私が悪に対する報いがすぐに現われなくても、さらに神様を恐れ敬うことができるように、助けてください。
一言:神様を恐れ敬う者が、結局は幸いである
「神を恐れる者も、神を敬って、しあわせであることを知っている。」(12b)
I.明日のことは主に委ね(1-8)
人の知恵は、その人の顔を輝かし、その固さを和らげます(1)。私たちが神様の知恵であるイエス・キリストを得るようになれば、顔色が良く、輝くようになります。この世で神様の栄光を現す者になります。
何事にも、そのことが成し遂げられるふさわしい時があります(6)。知恵ある者はこれをよく分別して行ないます(5)。人は明日のこともわかりません。またそのいのちと、死ぬ日を支配することができません(8)。それで将来は神様にゆだね、今を忠実に生きなければなりません。
II.悪い行ないに対する宣告がすぐ下されなくても(9-17)
悪者は死に葬られ、正しい人は人々に忘れられたまま死ぬこともあります(10)。人々は、悪い行ないに対する宣告がすぐ下されないのを見て、神様のさばきがないと思い、大胆に悪を行ないます(11)。しかし罪人が百度悪事を犯し、長生きしているようであっても、結局は神様を恐れ敬う者がしあわせです(12)。
私たちは神様が行なわれることを、すぐに悟ることはできません(17)。今、正しい人が捨てられた者のようであっても、後になって見ると、歴史が再評価するのが分かります。それで私たちは今神様のさばきが現われなくても、落胆したり不平を言ったりせずに、神様の御前で義を行なって、生きなければなりません。
祈り:主よ!私が悪に対する報いがすぐに現われなくても、さらに神様を恐れ敬うことができるように、助けてください。
一言:神様を恐れ敬う者が、結局は幸いである






