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知識がないので滅ぼされる
ホセア書 4:1-19

 「わたしの民は知識がないので滅ぼされる。」(6)

I.あなたが知識を退けたので(1-10)
 イスラエルには真実と誠実がなく、ただ、のろいと、欺きと、人殺しと、盗みと、姦通がはびこり、流血に流血が続きます。それは彼らに「神様を知る知識」がないからです。神様は彼らをさばくしかないのです。彼らが知識を退けたので、神様も彼らを退けざるを得ず、祭司とはされないのです。彼らが神様の律法を忘れたので、神様も彼らの子を忘れざるを得ません(6)。神様の教えを捨てれば、栄光は恥に変わり、食べても満たされず、姦通しても数は増えません。神様の教えを捨て去れば、いずれは滅び去るのです。

II.悟りのない民は踏みつけられる(11-19)
 イスラエルが神様の教えを捨てるようになったのは、淫行と飲酒とに心を奪われたからでした。快楽に溺れ、神様の教えから心が離れたのです。教えを捨てた彼らは山々の頂で、樫の木、ポプラ、テレビンの木の下で偶像を崇拝しました。偶像崇拝の結果は性的な堕落でした。彼らの娘と嫁が姦淫をし、男たちも遊女とともに離れ去り、神殿娼婦とともにいけにえをささげました。神様は彼らから遠ざかり、警告されました。神様は罪人が自分の思いと欲望のままに生き、自滅への道をたどるのを、そのままにされました(ロマ1:24)。これは神様の裁きです。神様は、人が罪から離れ御自身のもとへと戻るようにと、暗に警告されているのです。この御声に耳を傾けることが無ければ、その先に待つのは滅びです。

祈り:主よ!あなたを知ろうとしないことこそが罪の根と知りました。あなたの御言葉を聞いて心を開く者でありますように助け導いてください。

一言:神様を知る知識

カテゴリ:旧約聖書::ホセア書

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主が愛しておられる
ホセア書 3:1-5

 「干しぶどうの菓子を愛しているイスラエルの人々を主が愛しておられるように。」(1)

I.姦通している女を愛せよ(1-3)
 イスラエルはほかの神々に仕え、干しぶどうの菓子を愛しています。「干しぶどうの菓子を愛する」とは肉体的で感覚的な偶像崇拝を象徴します。全ての愛を注ぐべき妻が他の男と姦通すれば、夫は憤りと嫉妬心によって妻を捨てるしかありません。しかし神様は姦通している女のようなイスラエルを愛されます。神様はその愛を現されるために、ホセアに、「姦通している女を愛せよ」と言われました。ゴメルは夫に愛されていながらも、その愛を裏切ったまま、ほかの男のところに行きました。このような女を赦し、愛し、妻として迎えるのは不可能なことのように思えます。しかしホセアは銀十五シェケルと大麦一ホメル半で彼女を買い取りました。彼女はこれからは姦通してはならず、他の男の後について行ってはならず、純潔な生活をしなければなりません。これは、神様が私たちを罪から救うために、ひとり子イエス・キリストを代価として支払ってくださったことを象徴します。私たちはこれ以上世の快楽に従ってはなりません。ただ神様だけに仕える聖い生活をして行くべきなのです。

II.その恵みに来よう(4,5)
 イスラエルは長い間、王もなく、宗教儀式もないままに、過ごすようになります。その後、彼らは帰って来て、彼らの王ダビデを尋ね求め、終わりの日には、おののきながら主とその恵みに来るようになります。神様は罪人をお見捨てにならず、最後まで恵みを与えてくださるのです。

祈り:主よ!姦通した女のような私のために、あなたは、ひとり子イエス様を代価とされて、私を救い出してくださいました。ありがとうございます。これからは、私は純潔を守ってゆきます。

一言:贖いの愛

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わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ
ホセア書 2:1-23

 「わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ。」(19)

I.恋人たちのあとを追って行っても(1-13)
 イスラエルは、ゴメルがホセアを捨て恋人の後を追って行ったように、バアルについて行きました。神様が彼らに穀物と新しいぶどう酒と油をお与えになりましたが、それを知りませんでした。彼らは神様がくださった銀と金をむしろバアルにささげました。神様はこのような彼らを裸にしてはずかしめ、のどの渇きによって死ぬようにすると警告されました。バアルの後を追って行く彼らの道をいばらと石垣でふさぎ、彼らが誇っていたぶどうの木といちじくの木を荒れすたらせ、これを林にされます。彼らが恋人の後を追って行っても、追いつくことができず、見つけ出すことはありません。その時ようやく初めの夫である神様に戻るようになり、神様の中での生活が今よりもしあわせであることを悟るようになります(7)。

II.わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ(14-23)
 イスラエルは遊女のように去って行きましたが、神様は彼らに訪ねて来られ、やさしく語られます(説得)。彼らが悔い改めて戻るなら、エジプトから上って来たときのように祝福され、その地から弓と剣を絶やし、戦争をなくし、安らかに休ませます。何よりも神様は彼らと永遠に契りを結ばれます(19)。「契りを結ぶ」とは、イスラエルを淫行で汚れた女とは考えず、純粋な処女として認めるという意味であり、美しい新婦として受け入れるという意味です。彼らは神様を「私の夫」と呼び、もう「私のバアル」と呼びません。イスラエルに向けられた神様の望みと愛は大きく驚くべきものです。

祈り:主よ!あなたは、遊女のようだった私を新婦とし、私のまことの夫となってくださいました。ありがとうございます。ただ、あなただけを愛し、仕え、生きていきます。

一言:あなたは、私の夫、私の神

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生ける神の子
ホセア書 1:1-11

 「『あなたがたは生ける神の子らだ。』と言われるようになる。」(10)

I.この国は淫行にふけっている(1-9)
 当時イスラエルはヤロブアム2世によって統治されており、ダビデとソロモンの時の領土を、ほぼ回復し、政治的な安心と経済的な豊かさを享受していました(Ⅱ列14:25)。しかし彼らは神様よりも快楽を愛し、霊的にはひどく堕落してしまったのです。その時神様の御言葉がホセアに臨まれました。「行って、姦淫の女をめとり、姦淫の子らを引き取れ。この国は主を見捨てて、はなはだしい淫行にふけっているからだ。」(2)。神様はホセアの結婚生活を通じ、イスラエルの霊的な状態をお示しになられたのです。彼らは、まるで夫を捨てて酷い淫行にふけっている遊女のように、神様の御言葉を捨てて国々の偶像に仕え、快楽に溺れていました。神様はこのような彼らに、ホセアの子どもの名前をつけることによって裁きを警告されました。すなわち、長子「イズレエル」(神様は取り除く)、二番目の娘「ロ・ルハマ」(彼らを赦さない)、三番目の息子「ロ・アミ」(あなたがたはわたしの民ではない)・・・。世の快楽に目がくらんだ人々は、神様から引き離されてしまうのです。

II.しかしあなたがたは(10-11)
 では、このような罪人はもはや神様から絶望され、捨てられてしまったのでしょうか。そうではありません。神様は、その人が、御自身の許に立ち返る日を待たれています。神様のさばきの警告の前で、人は悔い改めるべきです。そうすれば、ふたたび、生ける神様の子どもとして迎え入れられるのです。そして、海の砂のように、量ることも数えることもできないほどになるのです。「わたしの民ではない。」と言われた状態から、「生ける神の子」へと変えられるのです(10)。

祈り:主よ!世の欲に堕ちていた罪人に、あなたは赦しを与え、子どもとしてひきあげてくださいました。私は、この人生を通じて、あなたの愛にこたえて行きます。

一言:あなたは神の子

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