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士師として召されたエフタ
士師記 11:1-11

 「エフタに言った。『来て、私たちの首領になってください。』」(6)

I.遊女の体から生まれたエフタ(1-3)
 エフタはギルアデ人であり、勇士でした。ところが彼は遊女の子でした。ギルアデの妻の子たちは成長しながらエフタを憎み、父の家を受け継いではいけないと言って、彼を追い出しました。彼は家族から捨てられました。ところが彼がトブの地に住んだ時、彼のところに、ごろつきが集まって来ました。家族から捨てられたエフタは社会から捨てられ疎外された彼らをよく理解しました。エフタはごろつきの牧者であり、指導者になりました。
 エフタは逆境を通して内面が強くなり、疎外された人々までも抱いて仕えられる指導者に成長しました。エフタは信仰によって運命と環境に打ち勝ちました。

II.ギルアデの首領になったエフタ(4-11)
 しばらくたって、アモン人がイスラエルに戦争をしかけて来ました。患難の日にイスラエルの中には勇士がいませんでした。長老たちがエフタを訪ねて来て、アモン人と戦うための助けを求めました。そうすればギルアデ人の首領になるというのです。「首領」とは「最高統治権者」を指します。イスラエルはエフタに全ての権限を渡しました。それほど状況は緊急を要し、エフタは彼らから勇士と認められました。エフタは信仰によって自分の運命を克服し、危機の時に必要な人物になりました。神様はご自分を恐れ敬い最後まで信仰によって生きる者を、時になると高くしてくださるのです。

祈り:主よ!私が自分の人間条件のために絶望せずに、エフタのように信仰によって生きるように助けてください。

一言:危機の時に必要な人物

カテゴリ:旧約聖書::士師記

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血を流した罪に報いられた神様
士師記 9:22-57

 「こうして神は、アビメレクが彼の兄弟七十人を殺して、その父に行なった悪を、彼に報いられた。」(56)

I.シェケム人たちの罪に報いられた神様(22-49)
 シェケム人たちは分別力なくアビメレクを王として立てました。彼らはアビメレクに反逆の資金までも差し出しました(4)。彼らはギデオンの息子たちを殺すことに参加しました。神様は、罪のない人々の血を流したシェケム人たちの罪に報いられました。
 神様はシェケム人とアビメレクの間に悪霊を送り、アビメレクを裏切るようにされました(23)。アビメレクが王になって三年目に、シェケム人たちがエベデの子ガアルを信用し、アビメレクを裏切りました。それでアビメレクは自分の民を率いてガアルを打ち、シェケム人たちを打ち殺しました(42-49)。アビメレクは容赦なくシェケム人たちを殺戮しました(45,49)。「アビメレクから火が出て、シェケムとベテ・ミロの者たちを食い尽くす」というヨタムの預言の通りになりました(20)。

II.アビメレクの罪に報いられた神様(50-57)
 アビメレクは、一人の女が投げた臼の上石に当たって、頭蓋骨が砕かれてしまいました。彼は「女に殺された」という言葉を聞くのを嫌い、道具持ちの若者に「殺してくれ」と言いました(54)。罪のない血を流して王に上ったアビメレクの最後は悲惨であり、むなしいものでした。
 私たちの神様は悪者をさばかれる公義の神様です。従って他人の血を流す者は必ず自分も血を流すようになります。神様のかたちを持った人間の命を破壊する行為はいのちの主である神様に敵対する行為だからです。

祈り:主よ!人間の罪を公義でさばかれる神様を学びました。神様を恐れ敬い、血を流す罪を犯さないように助けてください。

一言:いのちの主である神様を恐れ敬おう

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ヨタムのたとえ
士師記 9:1-21

 「私は神と人とをあがめるために使われる私の油を捨て置いて」(9)

I.みずから王にのしあがったアビメレク(1-6)
 ギデオンが死にました(8:32)。ギデオンには七十人の息子がいました。シェケムにいる妾にも息子がおり、その子の名はアビメレクでした。このアビメレクはシェケムの人々を扇動して、みずから王になりました。彼は、ごろつきのならず者たちを雇って、ギデオンの子の中でヨタムを除く全ての者を殺しました。彼は王になろうとする欲望にとらわれて、残忍な悪を行ったのです。

II.ヨタムのたとえ(7-21)
 ギデオンの末の息子ヨタムはアビメレクがシェケムで王になった知らせを聞き、ゲリジム山に上って行って、シェケム人たちに一つのたとえを話しました。ある日木々が自分たちの王を立てようとしました。まずオリーブの木が候補に上がりました。しかしオリーブの木は「私は神と人とをあがめるために使われる私の油を捨て置いて、木々の上にそよぐために出かけなければならないだろうか。」と丁重に断りました。次に、木々はいちじくの木に訪ねて行き、自分たちの王になってくれるように頼みました。いちじくの木も王になることを辞退しました。ぶどうの木も同様でした。この木々はみな自分の使命を尊び、自分たちの居場所をわきまえていました。しかし、いばらの木は自ら王になろうとしました。自分の立場を理解し、それを大切にする人は、神様の御前で尊い存在です。しかし、アビメレクはいばらの木のように、神様の与えてくださった居場所を無視する者でした。

祈り:主よ!私が、あなたの御前で、あなたが与えてくださった自分の立場をわきまえ、あなたに御用い頂く、へりくだったしもべでありますように御助けください。

一言:驕り高ぶる者は滅びに至る

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ギデオンの過ち
士師記 8:22-28

 「ギデオンはそれで、一つのエポデを作り、」(27)

I.主があなたがたを治められます(22,23)
 ギデオンの功労によって、イスラエルはミデヤンの手から救われました。イスラエル人たちは彼を高め、イスラエルの王にしようとしました。 「あなたも、あなたのご子息も、あなたの孫も、私たちを治めてください。」(22)。しかしギデオンは民たちの提案を拒みました。「主があなたがたを治められます。」(23b)。彼は勝利の日に神様をおぼえ、神様に栄光をささげました。神様こそが王の王であり、万軍の主なのです。この御方に治められる人々は、まことに幸せな民です。

II.金で一つのエポデ作ったギデオン(24-28)
 ギデオンは民に一つのことを願い出ました。それは、民の分捕り物の中で耳輪をもらいたいということでした。これを聞いた人々は喜んで耳輪を差し出しました。ギデオンはそれでエポデを一つ作りました。エポデは大祭司が職務を遂行する時に着る服です。ギデオンは戦いに勝利をおさめた記念品を設けようとする軽い気持ちでこれを作ったのかも知れません。しかしこのエポデは後に偶像へと変質し、民は不品行によってそれに仕えるようになります。過去、将軍ヨシュアは分捕り物を、自ら進んで神様にささげました(ヨシ6:19)。しかしギデオンは神様にささげませんでした。神様が、私たちに祝福をくださり、勝利をくださる時、私たちは、自ら進んで、すべてのものを神様に御捧げして行くべきです。なぜならば、心の中にある貪る心は、はじめはわずかな気持ちであっても、そのままにしておくと、やがて、それは私たちを罪に陥れる罠となるからです。

祈り:主よ!勝利の日に、何よりもあなたの栄光を求める者でありますように。

一言:勝利の日に気をつけるべきこと

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ミデヤンをことごとく滅ぼしたギデオン
士師記 8:1-21

 「ギデオンは彼らを追って、ミデヤンのふたりの王ゼバフとツァルムナを捕え、」(12)

I.エフライム人の怒りを和らげたギデオン(1-3)
 エフライム人は、ギデオンが、ミデヤンとの戦いで自分たちを呼ばなかったため、自分たちが軽んじられたように思って、ギデオンを激しく責めました(1)。その時、ギデオンは言いました。「アビエゼルのぶどうの収穫よりも、エフライムの取り残した実のほうが、よかったのではありませんか。」(2)彼は、アビエゼルの出である自分の功労を誇るよりも、エフライムを尊重する態度を示しました。ギデオンは広くへりくだった心をもった人でした。彼の態度によって、エフライム人の怒りは和らいだのです。

II.ミデヤンをことごとく滅ぼしたギデオン(4-21)
 ギデオンと三百人の勇士たちはミデヤン人との戦いで疲れ、お腹を空かしていました。ギデオンはスコテの人々に「パンを与えてください。」と頼みました。しかし彼らはギデオンをあざ笑い、冷たく断りました。ペヌエル人にも食べ物を求めましたが、彼らの答えも同じでした。彼らは、目の前で起こっている神様の御業を見ても、それを受け入れようとはせず、驕り高ぶっていたのです。
 しかしギデオンは神様がくださる勝利の時を逃さず、徹底してミデヤンを追撃しました。そして、ついにはギデオンはミデヤンの二人の王ゼバフとツァルムナを捕え、そのすべての軍勢を打ち破ったのです(12)。ギデオンと三百人の勇士たちは疲れにも空腹にも負けることなく、最後まで戦い抜き、大いなる勝利を手にしたのです。そして、その帰途でスコテ人のところへ行き、彼らを荒野のいばらととげで懲らしめ、また、ペヌエル人を滅ぼしました。

祈り:主よ!私が自分自身の一時の問題に打ち勝ち、勝利の時に、敵を最後まで滅ぼしつくす信仰の勇士でありますように御助けください。

一言:敵をことごとく絶ち尽す

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