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わたしの名は不思議という
士師記 13:15-25

 「なぜ、あなたはそれを聞こうとするのか。わたしの名は不思議という。」(18)

I.不思議の神様(15-18)
 みごもることができなかったマノア夫妻にとって、「子どもを与える」という約束の御言葉は大きな喜びでした。彼らはその知らせを伝えた方が神様の使いであることを知りませんでした。マノアは主の使いに供え物を準備して、いけにえをささげたいと思いました。主の使いは「全焼のいけにえをささげたいなら、それは主にささげなさい。」と言いました。マノアは、思い切って、主の使いの名前を聞いてみました。その時主の使いは「わたしの名は不思議という」と言いました。「不思議」とは、すなわち「奇妙で驚く」ということを意味します。神様の属性、神様の御業は人間の理解を遥かに超えています。サムソンの生涯と功績を見る時、彼は神様のしもべらしくなく、多くの失敗を残しました。しかし神様は彼を通して不思議な救いの御業を成し遂げてくださいました。神様は多くの欠けのある者をも用いてくださる御方です。彼を通して不思議な御業を行なうことができる御方なのです。

II.サムソンを祝福された主(19-25)
 マノアが子やぎと穀物のささげ物を取り、岩の上で主にささげました。炎が祭壇から天に向かって上った時、主の使いは祭壇の炎の中を上って行きました。それにマノアはひどく驚きました。しかし彼の妻は、恐れることなく神様の祝福を信じました。サムソンが生まれて育ち、主が彼を祝福されました。時になると、主の霊がサムソンに臨みました。聖霊の力を受けるとき、私たちを通じて神様の御業が成し遂げられて行くのです。

祈り:主よ!不思議な御方、あなたを信じ、あなたに信頼する信仰によって歩んで行くことができますように導いてください。

一言:不思議の神様

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サムソンの出生
士師記 13:1-14

 「その子は胎内にいるときから神へのナジル人であるからだ。」(5)

I.神へのナジル人(1-7)
 イスラエル人はまた、主の前に悪を行ない、四十年間ペリシテの支配を受けるようになりました。その時主の使いはダン人マノアの妻に現れて、「みごもった。」と言いました。生まれて来る男の子はナジル人であり、将来イスラエルをペリシテ人の圧制から救う士師になると預言したのです(5)。「ナジル人」とは「区別された人」という意味で、主に、自らを聖別してささげる人を指します。その子は胎内にいる時から神様にささげられた者であり、神様から与えられた使命を担い、イスラエルを救う者となるのです。この世で神様から選ばれ、神様の救いの御業に用いていただくこと以上に大きな恵みはありません。
 神様は時代ごとに、ナジル人たちを主権によって選ばれ、神様の使命をお与えになります。今日も神様は、さまよう魂を救いへと導く働きに用いるナジル人を探しておられます。

II.生まれて来る子に、何をすればよいか、教えてください(8-14)
 マノアはこの知らせを聞いた時、神様に祈りました。神様はマノアの祈りを聞かれ、もう一度、使いを送り、その子をどのように育てるべきかを教えてくださいました。神様にささげられた子どもを、私たちは自分の好きなように勝手に育ててはなりません。神様の御心のまま、神様の御教えに基づいて、育てて行くべきなのです。

祈り:主よ!あなたは、取るに足らない私をも、さまよう魂を、あなたのもとへと導くナジル人として区別し、用いられようとされているのですね。私がこの恵みに心を開き、あなたの御前に自らを捧げ、あなたに用いていただくことができますように。

一言:私たちは、今、この場所で、ナジル人となる

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ギルアデとエフライムの内戦
士師記 12:1-15

 「なぜ、あなたがたは、きょう、私のところに上って来て、私と戦おうとするのか。」(3b)

I.エフタをねたんだエフライム(1-7)
 エフタがギルアデ人を率いて、アモン人を打ち滅ぼして帰って来ました。その時エフライム人がエフタに是非を問うために出て来ました。アモン人と戦うために出て行った時、なぜ自分たちに呼びかけなかったのか、と言うのです。事実、エフタが出陣した時、エフライムに助けを求めましたが、その時は冷淡でした。そうしてエフタがいのちをかけて戦い、戦争で勝利して帰って来ると、エフタの勝利をねたんで出て来たのです。エフライムは、以前ギデオンがミデヤンの大軍を打ち滅ぼして帰って来た時にも、ギデオンをねたんだことがありました(士8:1-3)。その時ギデオンは「アビエゼルのぶどうの収穫よりも、エフライムの取り残した実のほうが、よかったのではありませんか。」(士8:2)と言って、彼らの自尊心を高めました。しかしエフタはギデオンのようにはしませんでした。エフタはギルアデ人をみな集めて、エフライムと戦いました。エフライムが大敗しました。死者が四万二千人にものぼりました。人が成功した時、よく見ることができないねたみは、明らかに悔い改めるべき罪です。ねたみは自分自身を不幸にし、他人を不幸にします。ねたみは神様の主権を認めない高ぶりから始まります。私たちが神様を深く恐れ敬う時、ねたみから解き放たれるのです。

II.エフタ以後の三人の小士師(8-15)
 イスラエルはエフタ以後三人の小士師によって平穏を維持しました。彼らはイブツァン、エロン、アブドンでした。神様は時ごとに必要な人々を士師として立て、イスラエルを救ってくださいました。

祈り:主よ!私の中にあるすべてのねたみを取り除いてください。

一言:ねたみは悪い罪である

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エフタの勝利と誓願の履行
士師記 11:29-40

 「エフタは主に誓願を立てて言った。『もしあなたが確かにアモン人を私の手に与えてくださるなら、』」(30)

I.主に誓願を立てたエフタ(29-33)
 主の霊がエフタの上に下った時、アモン人のところへ進んで行きました。エフタは戦争をする前に、神様に誓願を立てました。「もしあなたが確かにアモン人を私の手に与えてくださるなら、」エフタは勇士でした。しかし彼は驕り高ぶることなく、どこまでも神様に頼りました。その時、神様は敵を彼の手に渡され、アモン人はイスラエル人に屈服しました(32,33)。エフタの誓願は神様への信仰と忠誠心の現われでした。

II.誓願を守る父と娘(34-40)
 勝利したエフタを最初に受け入れた人は彼の娘でした。その娘は目に入れてもいたくない一人娘でした。エフタは神様に立てた誓願と、娘への愛の間で苦悩しました。しかし、誓願を破棄することは神様の御名を軽んじる罪です。エフタは自分にとってどんなに辛い事であっても、神様の御名によって立てた誓願を守ろうとしました(申23:21-23)。「私は主に向かって口を開いたのだから、もう取り消すことはできないのだ。」(35b)。これは神様に立てた誓願を絶対のものとして守り通そうとするエフタの信仰と忠誠心の現われでした。彼の娘も信仰によって答えました。「お父さま。あなたは主に対して口を開かれたのです。お口に出されたとおりのことを私にしてください。主があなたのために、あなたの敵アモン人に復讐なさったのですから。」(36)。エフタの娘も、神様を恐れ敬う信仰の人でした。

祈り:主よ!私があなたを恐れ敬い、あなたの御前で立てた約束を守るしもべになるように助けてください。

一言:神様との約束を守る人

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アモンの王と談判したエフタ
士師記 11:12-28

 「審判者である主が、きょう、イスラエル人とアモン人との間をさばいてくださるように。」(27)

I.私の国を取ったからだ(12,13)
 イスラエルのギルアデ人が持っていた地は、本来アモン人の地でした。ところが出エジプトしたイスラエルがヨルダン川の東に位置するヘシュボンの王シホンとバシャンの王オクを打ち、その地を取りました。アモン人はその地のいくつかを支配していました。神様は、罪を犯したイスラエルをさばくために、一定期間ギルアデの地をアモン人の支配下に置くようにされました(10:8)。ところがアモン人はヨルダン川の東方の地をみな奪うために攻めて来ました。彼らはそれらしい口実を使って、侵略の正当性を主張しました。

II.エフタの歴史に裏付けられた信仰(14-28)
 エフタは卑しい身分の人でしたが、彼には神様を恐れ敬う信仰がありました。そして、とりわけ、彼は聖書の御言葉をよく学び、イスラエルの出エジプトの御業の出来事も詳しく知っていました。エフタは、アモンの侵略が歴史的と矛盾し、神様の主権に立ち向かうこととなってしまうという事実を説明しました(23)。そして、さらに、三百年もの間何もしなかったのに、今になって突然「自分の地だ」と主張しだすのは矛盾しているのではないかと指摘しました。エフタは神様が成し遂げられたイスラエルの出エジプトの御業を正確に知っていたため、アモンの王との談判を混乱に陥ることなく進めることができたのです。
 私たちが福音の敵と戦うためには聖書の御言葉を正確に知っている必要があります。御言葉の剣を鋭く研ぎ澄ます人は、どのような福音の敵をも退けることができるのです。

祈り:主よ!私もエフタのように、あなたの御業を詳しく知る御言葉のしもべとなれますように御導きください。

一言:敵を退ける鋭い御言葉のしもべ

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