HOME > 旧約聖書 > エズラ記


主の宮の修繕をすませたイスラエル
エズラ記5:1-6:22

 敵の妨害によって、主の宮の修繕の御業は、約十五年間、中断されました(4:24)。しかしダリヨス王の第6年に主の宮はついに完成し、奉献式を行なって、過越しのいけにえをささげる時を迎えました。では、主の宮の御業はどのようにして回復されたのでしょうか。

I.神様の御名によって預言した預言者たち(1-5)
 主の宮の御業が中断された間、民は神様の時になっていなかったと言い、自分の家を建てることばかりに心を奪われるようになりました(ハガ1:2)。このように安逸に陥った民に向かって、預言者ハガイとゼカリヤが立ち上がって、神様の御名によって預言しました(1)。また彼らを咎め激励しました(ハガ1章)。するとゼルバベルとヨシュアを始めとするすべての民が、これに聞き従って主の宮の建築を再び始めました。神様の御名によって預言する預言者が、刺激と生気を吹き入れたのです。神様の御名で預言する人がいる時、沈着した神様の御業に刺激と生気を吹き入れられます。神様の御業は、神様の御名で預言する何人かの預言者によって回復されるのです。

II.彼らを力づけた神様(6-6:22)
 主の宮の再建の御業が再び始まると、また敵たちが起きて王に訴えました(5:6-17)。5:5節と6:22節をご覧ください。神様は更に異邦の王を用いて保護してくださり、助けてくださいました。彼らを力づけたのです。神様はどんなことがあっても自らその御業を成し遂げられるのです。神様の御業は始まりも神様であり、終わりも神様がされるのです。

祈り:主よ。私が周囲のことに心を奪われることなく、御業を成しておられるあなた御自身を仰ぎ見ます。今私は、あなたの御名で預言し、滞ってしまったあなたの御業に仕える者となります。

一言:主の御名により

カテゴリ:旧約聖書::エズラ記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
立ち上がった敵たち
エズラ記4:1-24

 神様の御業が成し遂げられようとするときには、そこに敵が立ち上がります。目に見える敵ばかりではありません。私たち自身の心の内に潜む敵もあります。そうした敵に妥協し、あるいは流されてしまえば御業は成し遂げられないのです。敵を退ける時にこそ、神様の御業が起きるのです。

I.断固拒んだイスラエルのかしらたち(1-3)
 イスラエルが主のために神殿を建てていると聞いて、故国に残っていた者たちが来ました。彼らは捕虜にならず、その地に残って神様と外国の神々を同時に仕えた者たちでした(Ⅱ列17:33)。今彼らはイスラエルのかしらたちのところに進み出て、「一緒に神殿を建てたい。」と提案しました。その時イスラエルのかしらたちは断固拒みました。「私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない。」(3)。
 神様の御業を成し遂げるのには妥協は禁物です。たとえ苦難があったとしても、いいかげんに妥協するべきではありません。なぜなら妥協が罠となるものだからです。

II.しつこく妨害する敵たち(4-24)
 敵たちは自分たちの好意を拒絶されると、本性が現われました。議官を買収して、ユダの民の気力を失わせることで、御業を妨害して遅延させました。そればかりか、主の神殿を建てているのに、町や城壁を再建していると巧妙な作り話をして、アルタシャスタ王をそそのかしました(12)。そして権力を背景に立ち回り、結局は御業を中止させてしまったのです(24)。
 敵の目的は御業を妨害することではなく、御業を中断させることにあります。だからこそ、そうなる前に必ず退けなければならないのです。

祈り:主よ!私が敵を恐れて簡単に妥協をしようとしていた罪を悔い改めます。多少の痛みと犠牲があっても、敵と妥協しません。避けずに立ち向かいます。私に力をください。

一言:妥協は禁物

カテゴリ:旧約聖書::エズラ記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
まず神様の祭壇を築いたイスラエル
エズラ記 3:1-13

 2章は故国に帰る者たちの名簿です。イスラエルは七十年ぶりに故国に帰って来ました。彼らにはするべきことが多くありました。しかし彼らが一番最初にしたことは何でしょうか。

I.律法に書かれているとおりに祭壇を築いたイスラエル(1-7)
 捕虜生活から戻って来た彼らは定着する準備が必要であり、虎視眈々としている周辺国家を防ぐ兵力が必要でした。しかし彼らは祖国に帰ると、いっせいにエルサレムに集まりました。そしてまず神様の祭壇を築いて、全焼のいけにえをささげました(2)。またささげ物を主にささげ、主の神殿を据える準備をしました。このすべてのことを「書かれているとおり」に行ないました。
 することが多いほどまず神様に仕え、苦難の時こそ人間的な考えをすることより、まず御言葉に聞き従うことが知恵深いことなのです。

II.神殿の礎を据えて、賛美したイスラエル(8-13)
 エルサレムに戻ってから二年と二ヶ月ぶりに神殿の再建事業が始まりました。すべての人がこの工事に積極的に参加しました。神殿の礎を据えたときは皆が感激して、ダビデの規定によって賛美して大声で喜び叫びました(11)。しかしソロモンの主の宮を見ていた老人たちはみすぼらしい神殿の工事を見て大声をあげて泣きました。喜び叫ぶ声と大声をあげて泣く声が共に入り交えて大きな声とて聞こえました。彼らは主の神殿の工事によって、喜び叫んだり泣き叫んだりしました。彼らの関心はすべて神様の御業にありました。

祈り:主よ!私が忙しいからといってやみくもな生き方をしていたことを悔い改めます。することが多い時こそ、まず主の国とその義を求めます。

一言:まず主の国とその義を

カテゴリ:旧約聖書::エズラ記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
人の霊を奮い立たせた神様
エズラ記 1:1-11

 エズラ記は第二の出エジプト記と言えます。イスラエルの民たちはバビロンに移されて七十年間捕虜生活をしました。時が満ちて、神様はその約束通りにイスラエルの民たちをバビロンから救ってくださいました。そしてエルサレムに主の宮を建てるようにされ、律法にともなう祭司を復活させました。エズラ記は、私たちに真の霊的リバイバル運動を教えてくれます。今日の御言葉はこの御業のために神様が一番最初に何をされたのかを教えています。

I.ペルシヤの王クロスの霊を奮い立たせた神様(1-4)
 神様はエレミヤを通して告げられた主のことばを実現するために、ペルシヤの王クロスの霊を奮い立たせました(1,エレ29:10)。霊が奮い立ったクロスは神様の主権とその真実さを知るようになりました。また神様の命令に聞き従って捕虜たちを自由にし、主の宮を建てるように助けました。神様は不信仰者たちの霊も奮い立たせてご自分の御業に用いられます。

II.イスラエルの民たちの霊を奮い立たせた神様(5-11)
 王クロスを通して、イスラエルの民たちはイスラエルへの帰還命令を受けました。たとえ他郷ではあれ、もはや、彼らはバビロンに慣れ親しみ安定した生活をおくっていました。王もエジプトのパロとは違って、善政をしいていました。一方、故郷は廃虚となり、その旅の道のりは遠く、険しいものでした、このように、彼らが、故郷に戻るために払う犠牲は決して小さいものではなかったのです。彼らは、今いる場所に、とどまり続けたいと思ったに違いありません。しかし神様は一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たち、その周辺の人々の霊を奮い立たせました(5)。みなは一つの心となり、立ち上がりました。そして、宮の用具を運び出しました。一人一人の中に神様の御業に仕えたいという思いと、苦難に立ち向かう勇気が与えられたのです。神様は大いなる御業を成し遂げようとする時、人々の霊を奮い立たせて下さるのです。

{:rn:}祈り:主よ!福音に閉ざされた国々の指導者の霊を奮い立たせてくだせ、その地に宣教の門を開いてください。この世の人々の霊を奮い立たせ、あなたの御業に加わっていく働き人を次々と起こしてください。 

一言:まず霊が奮い立てば

カテゴリ:旧約聖書::エズラ記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
<<   2008年 10月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ