2005年02月16日 (水)
エズラ記 10:1-44
真実の悔い改めとはそれにふさわしい実を結ぶことです。エズラはどのようにして悔い改めの実を結ばせたのでしょうか。
I.「立ち上がってください。勇気を出して、実行してください。」(1-4)
エズラが一人、罪を告白し、涙を流している時、老若男女が集まって来ました。彼らも激しく泣きました。その時、シュカヌヤが民を代表してエズラに言いました。彼はまず民の罪を認めました。そして、御言葉に従い、異邦人の女とその子どもたちを追い出すことを決断しました。最後に彼が言いました。「このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください。」(4)。
罪を悔いて泣くのは尊ぶべきことです。しかし、それ以上に大切なことは、ふさわしい実を結ぶために立ち上がること、すなわち悔い改めです(ヨシ7:10,11)。
II.「必ずあなたの言われたとおりにします。」(5-44)
民たちがみなエルサレムに集まった時、まるで神様の悲しみや怒りの涙に似た、豪雨が降りました。民たちは自分たちが犯した罪過におののき、冷たい雨に震えました。エズラは、そんな彼らに同情せず、彼らの罪をはっきりと指摘し、悔い改めの実を結ぶ方向を指し示しました(10)。ですが、悔い改めの御業に焦りは禁物です。エズラは長老たちとさばきつかさたちを立てて、三ヶ月の間、入念な調査をしました(14-17)。その結果として、祭司長たちまでが悔い改める大覚醒運動、大いなる悔い改めが巻き起こったのです。
祈り:主よ!私は罪を悲しみます。しかし、それにとどまらず、罪を悔い改め、ふさわしい実を結ぶために、力を得ることができるように助けてください。
一言:悔い改めにふさわしい実
真実の悔い改めとはそれにふさわしい実を結ぶことです。エズラはどのようにして悔い改めの実を結ばせたのでしょうか。
I.「立ち上がってください。勇気を出して、実行してください。」(1-4)
エズラが一人、罪を告白し、涙を流している時、老若男女が集まって来ました。彼らも激しく泣きました。その時、シュカヌヤが民を代表してエズラに言いました。彼はまず民の罪を認めました。そして、御言葉に従い、異邦人の女とその子どもたちを追い出すことを決断しました。最後に彼が言いました。「このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください。」(4)。
罪を悔いて泣くのは尊ぶべきことです。しかし、それ以上に大切なことは、ふさわしい実を結ぶために立ち上がること、すなわち悔い改めです(ヨシ7:10,11)。
II.「必ずあなたの言われたとおりにします。」(5-44)
民たちがみなエルサレムに集まった時、まるで神様の悲しみや怒りの涙に似た、豪雨が降りました。民たちは自分たちが犯した罪過におののき、冷たい雨に震えました。エズラは、そんな彼らに同情せず、彼らの罪をはっきりと指摘し、悔い改めの実を結ぶ方向を指し示しました(10)。ですが、悔い改めの御業に焦りは禁物です。エズラは長老たちとさばきつかさたちを立てて、三ヶ月の間、入念な調査をしました(14-17)。その結果として、祭司長たちまでが悔い改める大覚醒運動、大いなる悔い改めが巻き起こったのです。
祈り:主よ!私は罪を悲しみます。しかし、それにとどまらず、罪を悔い改め、ふさわしい実を結ぶために、力を得ることができるように助けてください。
一言:悔い改めにふさわしい実
2005年02月15日 (火)
エズラ記 9:1-15
今や、敵は手を休め、支配国の王も彼を援助し、神様に仕えるための外的な妨げはなくなりました。しかし、意外なことに、問題は周囲の環境ではなく、彼ら自身の中にあったのです。
I.忌み嫌うことを行ない(1,2)
彼らは異邦人と結婚しました。しかも、指導者たちが先頭に立って、この忌み嫌うべきことを行っていたと言うのです。では、どうして、このようなことは忌み嫌うべきなのでしょう。
①神様の御言葉に背を向けることだからです(4,11,12,申7:3)。
②選ばれた民としての純粋さを捨て去ることだからです(2a)。
③異邦の人々と関係を結んで安全を確保しようとしたのは、神様に絶対的な信頼をおいていなかったからです(2b)。
バビロンで捕虜となっていた時にも同じことを行なっていましたが、今新しく神様に仕えようとするならば、必ず悔い改めなければならない問題でした。
II.「今、こうなってからは、何と申し上げたらよいのでしょう。」(3-15)
このしらせを聞いたエズラは、色を失ってすわってしまいました。そして神様の御前に出て行き、悔い改めて祈りました。彼はまず自分の罪から告白し、ひどく心を痛めました(3,5,6)。彼自身は直接罪を犯しませんでしたが、彼らの中の一人であると告白しました。彼は自分の感情によってではなく、御言葉に基づいて悔い改めました(11,12)。彼は神様の義と裁きを恐れました。
エズラの心からの悔い改めは、罪の中にいる人々の心をも動かし、自分自身の罪を悟らせました(4,10:1)。指導者が自ら悔い改めるときに、本当の改革が始まるのです。
祈り:主よ!私は、あなたの御業に仕えている時にも、失望してすわり込んでしまうことがあります。しかし、その時、悔い改めが必要なのは自分自身であることを悟ることができますように御助けください。
一言:導き手こそ、まず悔い改めを
今や、敵は手を休め、支配国の王も彼を援助し、神様に仕えるための外的な妨げはなくなりました。しかし、意外なことに、問題は周囲の環境ではなく、彼ら自身の中にあったのです。
I.忌み嫌うことを行ない(1,2)
彼らは異邦人と結婚しました。しかも、指導者たちが先頭に立って、この忌み嫌うべきことを行っていたと言うのです。では、どうして、このようなことは忌み嫌うべきなのでしょう。
①神様の御言葉に背を向けることだからです(4,11,12,申7:3)。
②選ばれた民としての純粋さを捨て去ることだからです(2a)。
③異邦の人々と関係を結んで安全を確保しようとしたのは、神様に絶対的な信頼をおいていなかったからです(2b)。
バビロンで捕虜となっていた時にも同じことを行なっていましたが、今新しく神様に仕えようとするならば、必ず悔い改めなければならない問題でした。
II.「今、こうなってからは、何と申し上げたらよいのでしょう。」(3-15)
このしらせを聞いたエズラは、色を失ってすわってしまいました。そして神様の御前に出て行き、悔い改めて祈りました。彼はまず自分の罪から告白し、ひどく心を痛めました(3,5,6)。彼自身は直接罪を犯しませんでしたが、彼らの中の一人であると告白しました。彼は自分の感情によってではなく、御言葉に基づいて悔い改めました(11,12)。彼は神様の義と裁きを恐れました。
エズラの心からの悔い改めは、罪の中にいる人々の心をも動かし、自分自身の罪を悟らせました(4,10:1)。指導者が自ら悔い改めるときに、本当の改革が始まるのです。
祈り:主よ!私は、あなたの御業に仕えている時にも、失望してすわり込んでしまうことがあります。しかし、その時、悔い改めが必要なのは自分自身であることを悟ることができますように御助けください。
一言:導き手こそ、まず悔い改めを
2005年02月14日 (月)
エズラ記 8:21-23,31-36
神様の御業は人の力で成し遂げることはできません。神様ご自身の助けが必要なのです。エズラはどのようにして神様の助けを得たのでしょうか。
I.王に求めませんでした(22)
エズラの一行がエルサレムに向かう道中は敵が待ち伏せする大変危険な旅だったため、エズラはアダクサスダ王に助けを求めました。しかし彼は、すぐにそれを恥じるようになりました。というのは、かつて、アダクサスダ王に神様のことを教えたときに「神様はご自分を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し、その力と怒りとは、神を捨てるすべての者の上に下る。」と言っていたからです。
彼は神様を信じ神様を教える自分が人の助けを求めることを恥ずべきことと思いました。人々の助けを求める心を捨て去る時に神様に頼ることができるのです。そして神様に心からより頼むなら、神様の助けを得ることができるのです。
II.断食して祈りました。
アハワ川のほとりに着いた時、イスラエルは断食を宣布し、道中の無事を願い求めました(21)。エズラが断食を布告したのは、自らを低くして神様に頼るためでした。切なる心で祈るためでした。苦難の時ほど、自らを低くして神様に出て行かなければなりません。神様は彼らの信仰と謙遜を受け入れ、助けてくださいました(23)。彼らを、敵の手、待ち伏せする者の手から救ってくださいました(31)。
祈り:主よ!私は苦難の時、あなたを忘れて、人の力や人為的な手段を頼りにしました。今は、そのことを恥じ入るばかりです。これからは、ただ、あなたの助けに信頼をおきます。
一言:自ら低くなり
神様の御業は人の力で成し遂げることはできません。神様ご自身の助けが必要なのです。エズラはどのようにして神様の助けを得たのでしょうか。
I.王に求めませんでした(22)
エズラの一行がエルサレムに向かう道中は敵が待ち伏せする大変危険な旅だったため、エズラはアダクサスダ王に助けを求めました。しかし彼は、すぐにそれを恥じるようになりました。というのは、かつて、アダクサスダ王に神様のことを教えたときに「神様はご自分を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し、その力と怒りとは、神を捨てるすべての者の上に下る。」と言っていたからです。
彼は神様を信じ神様を教える自分が人の助けを求めることを恥ずべきことと思いました。人々の助けを求める心を捨て去る時に神様に頼ることができるのです。そして神様に心からより頼むなら、神様の助けを得ることができるのです。
II.断食して祈りました。
アハワ川のほとりに着いた時、イスラエルは断食を宣布し、道中の無事を願い求めました(21)。エズラが断食を布告したのは、自らを低くして神様に頼るためでした。切なる心で祈るためでした。苦難の時ほど、自らを低くして神様に出て行かなければなりません。神様は彼らの信仰と謙遜を受け入れ、助けてくださいました(23)。彼らを、敵の手、待ち伏せする者の手から救ってくださいました(31)。
祈り:主よ!私は苦難の時、あなたを忘れて、人の力や人為的な手段を頼りにしました。今は、そのことを恥じ入るばかりです。これからは、ただ、あなたの助けに信頼をおきます。
一言:自ら低くなり
2005年02月13日 (日)
エズラ記 8:1-20,24-30
神様はご自分の御業を人を通して成しておられます。神様に仕える働き人を立てることは主の御業において非常に大切なのです。主はどのようにして働き人を御立てになられるのでしょうか。エズラを通して、その原則を学ぶことができます。
I.レビ人を立てたエズラ(1-20)
エズラとともにエルサレムに帰って来ようとした人々は全部で1494人でした。しかし、そこには主の宮の仕事のために選ばれたレビ人たちは一人も見えませんでした(15,民3:5-11)。そのため、エズラはイドに人を送って、レビ人258人の志願者を呼び寄せました(18-20)。
エズラは、自分の周りにも多くの人々がいたとしても、その人々でなく、神様がお定めになった人々を用いました。神様の御業は神様がお立てになった者を通して成し遂げられるのです。
II.祭司を立てたエズラ(24-30)
エズラは、また神様にいけにえをささげ、祭司の職分を担う祭司長を立てました。そして彼らに民たちが神様にささげたいけにえを正確に扱うように伝えました。祭司とレビ人のつかさたち、イスラエルの民のつかさたちの前で、量るまで、寝ないで番をしているように告げました。また、彼らに、「あなたがたは主の聖なるものである。」と告げました(28)。神様に仕える働き人は、自分が、神様によって聖なるものとされていることを覚えているべきです。そして、同時に、自分に与えられた責任を自覚すべきです。
祈り:主よ!私たちの集まりが、あなたが願われる働き人を養い育てて行くものでありますように。また立てられた者が、自分自身に与えられた職分と責任を受け入れることができますように御助けください。
一言:主が願われる働き人を育てる
神様はご自分の御業を人を通して成しておられます。神様に仕える働き人を立てることは主の御業において非常に大切なのです。主はどのようにして働き人を御立てになられるのでしょうか。エズラを通して、その原則を学ぶことができます。
I.レビ人を立てたエズラ(1-20)
エズラとともにエルサレムに帰って来ようとした人々は全部で1494人でした。しかし、そこには主の宮の仕事のために選ばれたレビ人たちは一人も見えませんでした(15,民3:5-11)。そのため、エズラはイドに人を送って、レビ人258人の志願者を呼び寄せました(18-20)。
エズラは、自分の周りにも多くの人々がいたとしても、その人々でなく、神様がお定めになった人々を用いました。神様の御業は神様がお立てになった者を通して成し遂げられるのです。
II.祭司を立てたエズラ(24-30)
エズラは、また神様にいけにえをささげ、祭司の職分を担う祭司長を立てました。そして彼らに民たちが神様にささげたいけにえを正確に扱うように伝えました。祭司とレビ人のつかさたち、イスラエルの民のつかさたちの前で、量るまで、寝ないで番をしているように告げました。また、彼らに、「あなたがたは主の聖なるものである。」と告げました(28)。神様に仕える働き人は、自分が、神様によって聖なるものとされていることを覚えているべきです。そして、同時に、自分に与えられた責任を自覚すべきです。
祈り:主よ!私たちの集まりが、あなたが願われる働き人を養い育てて行くものでありますように。また立てられた者が、自分自身に与えられた職分と責任を受け入れることができますように御助けください。
一言:主が願われる働き人を育てる
2005年02月12日 (土)
エズラ記7:1-28
今日から学ぶ御言葉は、主の宮の再建の後、イスラエルの信仰が復興の日を見る時のことです。この御業において重要な働きを担ったのはエズラです。神様に用いられたエズラとはどのような人物だったのでしょう。
I.御言葉に精通したエズラ(1-10)
彼は祭司のかしらアロンの十六代目であり、御言葉に精通した学者でした。彼は当時の強大国バビロンの学問や風潮に従うのではなく、神様の御言葉を研究しました(10)。単に知識を得るためではありません。実行するために調べたのです。そして、それを人々に教えようとして、心を定めていました。彼は神様の御言葉を実行するために調べ、自分がまず実行して人々に教えました。
バビロンで捕虜になってから七十年が過ぎたにも関わらず、エズラのような学者と聖書が残っていたことは何と驚くべきことでしょうか!御言葉に通じた先達がいるところに、神様の望みがあるのです。
II.神様の助けを得たエズラ(11-28)
エズラは大きな使命を担う上で、神様から多くの助けを受けました。6,9,28節をご覧ください。神様は、エズラに王の許可を得させ、彼が民とともに上って行くことができるように助けてくださいました。また宮の再建に必要な物資を満たしてくださいました。そして、裁き命じる権限、御言葉を教える権威も与えて下さいました。
祈り:主よ!この地にもエズラのように御言葉に精通した学者、御言葉を伝える人々が次々と起こされますように。私もエズラのように、あなたの御言葉を深く知る者となることができますようにお助けください。
一言:御言葉を知る者
今日から学ぶ御言葉は、主の宮の再建の後、イスラエルの信仰が復興の日を見る時のことです。この御業において重要な働きを担ったのはエズラです。神様に用いられたエズラとはどのような人物だったのでしょう。
I.御言葉に精通したエズラ(1-10)
彼は祭司のかしらアロンの十六代目であり、御言葉に精通した学者でした。彼は当時の強大国バビロンの学問や風潮に従うのではなく、神様の御言葉を研究しました(10)。単に知識を得るためではありません。実行するために調べたのです。そして、それを人々に教えようとして、心を定めていました。彼は神様の御言葉を実行するために調べ、自分がまず実行して人々に教えました。
バビロンで捕虜になってから七十年が過ぎたにも関わらず、エズラのような学者と聖書が残っていたことは何と驚くべきことでしょうか!御言葉に通じた先達がいるところに、神様の望みがあるのです。
II.神様の助けを得たエズラ(11-28)
エズラは大きな使命を担う上で、神様から多くの助けを受けました。6,9,28節をご覧ください。神様は、エズラに王の許可を得させ、彼が民とともに上って行くことができるように助けてくださいました。また宮の再建に必要な物資を満たしてくださいました。そして、裁き命じる権限、御言葉を教える権威も与えて下さいました。
祈り:主よ!この地にもエズラのように御言葉に精通した学者、御言葉を伝える人々が次々と起こされますように。私もエズラのように、あなたの御言葉を深く知る者となることができますようにお助けください。
一言:御言葉を知る者






