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民のために贖いをしたアロン
民数記 16:36-50

 「すでに死んだ者と、なお生きている者との間に立つと、疫病はやんだ。」(48)

I.つぶやいたイスラエル人(41-45)
 神様は、コラの一族をさばかれ、民の中から二度と、このような反逆が起こらないようにされました。しかし、その翌日、民の中につぶやきが広がりました。彼らは、未だ、神様のもとに立ち返らなかったのです。
 神様は、この会衆を御自身の守りの下から引き離しました。民たちの間に疫病が始まりました。神様は聖なる方であり、罪と隔絶されておられます。それ故に、罪ある民は神様から分離されて裁きに至るのです。

II.贖いをするアロン(46-50)
 モーセは民の間に疫病が始まった時、すぐにアロンに言って、民のために贖いをさせました。アロンが民のために贖いをし、死んだ者と生きている者の間に立った時、疫病がやみました。仲介者アロンがいなければ、彼らは罪の中で滅びる運命にあったのです。しかし、この大祭司アロンでさえも、やがて来るキリストの影のようなものです。
 キリストは人類の罪を贖うために来られた大祭司、神様と人間との間の唯一の完全な仲介者なのです。アロンの贖いは、一時の罪の償いに過ぎず、罪の根本的解決ではありませんでした。しかしイエス・キリストの贖いは完全で永遠に続く贖いなのです(ヘブ9:12)。

祈り:主よ!あなたは私の罪の属性を十字架の上で身代わりとなって担ってくださいました。そして、私は罪から解放されました。今は、ただ、あなたの永遠の贖罪に感謝して生きて行きます。

一言:仲介者イエス・キリスト

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あなたがたはこの会衆から離れよ
民数記 16:15-35

 「あなたがたはこの会衆から離れよ。わたしはこの者どもをたちどころに絶滅してしまうから。」(21)

I.民たちのために祈るモーセとアロン(15-24)
 コラは全会衆を集めて扇動し、モーセとアロンに逆らわせようとしました。その時、神様の栄光が全会衆に現れ、ただちに彼らを滅ぼそうとされました。コラの反逆によって、全イスラエルが全滅の危機に瀕しました。
 しかし、モーセとアロンはひれ伏して民のために切にとりなしの祈りをしました。神様はこの祈りを聞かれ、民たちが滅びから逃れる道を備えてくださいました。一人の導き手の祈りによって、すべての民が滅びから救われたのです。

II.反逆者を罰せられた神様(25-35)
 モーセは会衆に告げて「邪悪な人々の天幕から離れるように。」と言いました。そして彼は、地が口を開き、コラに属するものを飲み込むことを予告し、そして、それこそが、神様が自分を遣わしたことの証であることを告げました。それは、その通りになりました。モーセが語り終えた直後、地がその口を開き、コラの一族と彼に属する全てのものを飲み込みました。また、火が出て、香をささげていた二百五十人を焼き尽くしました。彼らは此の世の欲に目がくらんだ人々でした。聖霊の御業に逆らい、神様がお立てになった導き手に敵意を向けたのです。しかし、最後には会衆から滅ぼされました。神様は反逆者を決して見過ごされはしません。悪に憤られ、私たちの想像を超えた厳然たる裁きをもって滅ぼし去られる御方なのです。

祈り:主よ!あなたは、この地上にあって、あなたの御旨を軽んじて驕り高ぶる者たちに、やがては厳しい裁きを下される方、聖なる主です。

一言:この悪者の天幕から離れよ

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コラの反逆
民数記 16:1-14

 「あなたがたには、これに不足があるのか。」(9)

I.傲慢なコラたち(1-3)
 レビの子孫二百五十人の族長たちがコラを中心に結党して立ち上がり、モーセとアロンに反逆を企てました。彼らは、モーセとアロンが分を超えて、自ら高くなり、王になろうとしていると主張しました(3,13)。また、モーセとアロンが民を惑わし、乳と蜜が流れる地に導いて入ろうとはせずに、荒野で殺そうとしているというのです(13,14)。ですが、コラの本心は、自分たちが祭司になることでした。彼は不義によって結党し、神様が立てられたしもべに敵対しました。神様が立てられたしもべに敵対することは、すなわち、神様に敵対することです(11)。

II.神様の前にひれ伏したモーセ(4-14)
 彼らの反逆の言葉を聞いた時、モーセはどうしたでしょう。モーセは傲慢な彼らをすぐに除き去ることもできましたが、決して感情的にならず、神様の前にひれ伏しました。モーセはあらゆる問題を神様に委ね、神様の導きを求めたのです。モーセは彼らの貪欲を咎め、神様がレビ族にお与えになった聖なる尊い使命を悟らせようとしました。彼らを招き、心を分かち合おうとしました。反逆者たちが驕り高ぶる言葉で攻撃してくるときに、自分も感情的に争ってしまうなら、サタンの思うつぼです。すべてを神様に委ね、柔和と謙遜をもって彼らと接し、彼らが自ら悟るように祈るべきなのです。

祈り:主よ!私が、身の程も知らずに驕り高ぶる心を抱かないように、お助けください。ただ、あなたから任された小さなことに忠実であることができますように。

一言:身の程を知らずに驕り高ぶる者

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主のすべての命令を思い起こし、それを行なうため、
民数記 15:22-41

 「あなたがたがそれを見て、主のすべての命令を思い起こし、それを行なうため、」(39)

I.もしあやまって罪を犯したなら(22-31)
 此の世の法廷は目に見える事象について判決を下します。一方、神様は見えるものではなく、心をご覧になります。結果よりも動機をご覧になるのです。神様は、会衆であれ個人であれ、誤って罪を犯した者には贖罪への道を用意してくださいました。外国人にも贖罪への道が備えられました。神様は、誤って罪を犯した者が、その罪を合理化したり、覆い隠そうとするのではなく、神様の御前に出てゆき、赦しの愛を受けることを願われたのです。
 しかし、故意に罪を犯した者は裁かれます。神様の御言葉を侮り、神様から離れ去る者を、神様はあえて追おうとはされません。

II.みだらなことをしてきた自分の心と目に従って歩まないように(32-41)
 イスラエル人が荒野にいた時、ある人が安息日にたきぎを集めていました。神様は、故意に神様の定めから離れ去り、欲望に身を委ねた者は、石で打ち殺されなければならないと告げられました。神様から離れ去れば、霊的な死が訪れるのです。神様は、民たちに着物のすその四隅にふさを作り、青いひもをつけるように命じられました。それは、民が神様の戒めを覚えて生きるようにするためでした。
 みだらなことをしてきた自分の心と目の望みのままに生きるなら、その先には滅びがあります。しかし、神様の御言葉のままに生きるなら、その先には永遠の命があります。神様は、私たちの神様となるために、すでに私たちを罪の支配から自由にしてくださいました。この方を仰ぎ見て生きて行きましょう。

祈り:主よ!私が、みだらなことをしてきた自分の心と目の望みのままに歩むのではなく、ただ、あなたの望みのままに歩むことができますように、御導きください。

一言:主の御言葉のままに

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荒野をさまようものとされた神様
民数記 14:26-45

 「あなたがたの子どもたちは、この荒野で四十年の間羊を飼う者となり、」(33)

I.荒野をさまようものとされた神様(26-38)
 神様はイスラエルの人々の神様へのつぶやきを聞かれました。神様は彼らの言葉の通りにされると告げました。彼らが、「この荒野で死んでいたらよかったのに。」(2)とつぶやいた、その言葉のままにされると宣告しました。一方、彼らは「私たちの妻子をえじきとされるのであろうか。」(3)とつぶやきましたが、神様は彼らの子孫は、約束の地に導き入れると言われました。
 神様は、族長たちが、カナンの地を探り終わるのに要した四十日の、一日を一年として、四十年の間、彼らから遠ざかることを告げられました(33,34)。そして、二十歳以上の者たちはみな約束の地に入る前に荒野に死んでいくと言われました。今も同じです。神様を忘れ、神様から離れ去る時、人は目的を見失って、人生の荒野をいつまでもさまよいつづけます。民たちを不信仰に陥れた十人の族長たちは、みな疫病で死に(36)、生き残って約束の地へと導き入れられるようになったのは、ただ、神様に従ったヨシュアとカレブだけでした。

II.神様の宣告を受け入れなかったイスラエル(39-45)
 神様の宣告のことを聞いた民はひどく悲しみました。そして約束の地に上って行こうと言いました。モーセが「上って行ってはならない。」と警告しましたが、彼らは聞きませんでした。しかし結果は火を見るより明らかでした。その山に住んでいたアマレク人とカナン人が下って来て、イスラエルを撃ち破り、多くの犠牲者が出ました。神様が彼らと共におられなかったからです。神様に聞き従わずに、後で泣き叫んでも、もはや遅すぎるのです。

祈り:主よ!あなたを忘れ去る不信仰の罪の結果は、なんと無残なものでしょう。今、私は悔い改めます。荒野のような此の世に在っても、あなたを仰ぎ見て、あなたの導きのままに生きて行けますように。

一言:不信仰を広げる指導者の罪

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