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日ごとの糧::旧約聖書::エステル記
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プリムを定めたモルデカイ
エステル記 9:1-10:3

 ついにハマンがユダヤ人を滅ぼすことを決定していた日となりました。しかし、目には見えない神様の摂理によって、この日はユダヤ人たちが敵を滅ぼす日となっていました。今日の御言葉はユダヤ人の勝利と、その記念としてプリムを定めた出来事です。

I.敵を滅ぼしたユダヤ人たち(1-19)
 ユダヤ人たちはその日、すべての敵を滅ぼし、征服しました。ハマンが誇っていた十人の息子たちも皆殺しにし、柱にかけました。報復するのに一日では足りず、翌日も続けて、徹底的に報復しました。そして、次の日を祝宴と喜びの日とし、贈り物を交換し、勝利を喜び分かち合いました。この出来事について、私たちは、余りにも残忍だと思うかもしれません。しかし、神様は、不義なる民を決してそのままにはしておかれない公儀の方であることを知らなければなりません。

II.プリムのことを規定したモルデカイ(20-10:3)
 「自分たちの敵を除いて休みを得た日、悲しみが喜びに、喪の日が祝日に変わった月として、祝宴と喜びの日、互いにごちそうを贈り、貧しい者に贈り物をする日と定めるためであった。」(22)
 モルデカイはその日をプリムとして定め、子孫たちに代々守らせました。モルデカイがプリムを規定したのは、信仰によって生きる神様の民たちは、たとえ一時的に苦難と悲しみに見舞われても最後には必ず勝利するのだということを記憶にとどめるためでした。「私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」(Ⅰヨハ5:4)。

祈り:主よ!どんな苦難があったとしても、私が、信仰によって生き、世に打ち勝つ信仰の勝利者となれるように助けてください。

一言:プリムの意味

カテゴリ:旧約聖書::エステル記

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金の冠をかぶったモルデカイ
エステル記8:1-17

 短気で傲慢で、自分の力とたくらみに頼って生きていたハマンは柱につけられて死に、彼の家と全財産は取り上げられました。しかし、神様の力だけを信じて祈りで立ち向かったエステルとモルデカイは勝利の冠をかぶるようになります。

I.同族を救ったエステル(1-14)
 エステルは信仰によって戦い、敵を退けました。自分のいのちも救われ、多くの財産も得ました。モルデカイの命も救い高い地位に着かせました。しかしそれが全てではありませんでした。エステルは王の足もとにひれ伏し、泣きながら自分の民族を害しようと出した勅令を取り消すように嘆願しました。その結果、新しい勅令が出され、すべてのユダヤ人の命は救われたのです。
 エステルは最初の祈りが完全に成就するその時まで、主を信頼し続けて、自分の民族を死の法令から解放しました。

II.金の冠をかぶったモルデカイ(15-17)
 王はモルデカイの忠誠心を認め、ハマンから取り返した指輪をモルデカイに与えました。またモルデカイにハマンの家を管理させました。彼は青色と白色の王服を着て、大きな冠をかぶり、王の前から出て来ました。シュシャンの町は喜びの声にあふれ、ユダヤ人に喜びと楽しみと栄誉が満ち溢れました。
 死に至るまで忠実であるなら、神様は必ず勝利の冠をくださいます(黙2:10)

祈り:主よ!不義が満ちた世にあっても、最後まで信仰によって生きるなら、あなたは勝利の冠をくださることを信じます。

一言:最後の勝利を得る時まで

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傲慢な者ハマンの最後
エステル記 7:1-10

 今日の御言葉は傲慢な者が最後にどうなるかを教えています。ハマンはモルデカイを殺そうと準備していた木に自分がかけられることになりました。

I.ハマンを告発するエステル(1-6)
 エステルは王とハマンを二回目の宴会に招きました。王はエステルを深く愛し、王国の半分でもあげたい気持ちでした。そんな王の気持ちを確認したエステルは、迫害者のたくらみによって自分と自分の民族が滅ぼされようとしていることを王に伝えました。王は、「そんなことをあえてしようとたくらんでいる者は、いったいだれか。どこにいるのか。」と尋ねました。その時エステルは「その迫害する者、その敵は、この悪いハマンです。」と答えました。
 エステルは神様に祈っただけではなく、信仰によって行動に移しました。彼女は王の好意を得ることができるように最善を尽くして機会を伺い、ハマンがいる席で王にハマンを告発しました。エステルには信仰があり、知恵があります。

II.柱にかけられて死んだハマン(7-10)
 悪者ハマンは恐れによって分別力を失い、エステルにひれ伏していのち請いをしましたが、王からさらに大きな怒りを買う結果となりました。警護員たちがかけつけハマンの顔を覆いました。結局ハマンはモルデカイをかけて殺そうと準備しておいたその柱にかけられ殺されました。
 悪者の成功は束の間です。人が傲慢になれば結局は滅亡し、謙遜になれば誉れを受けるのです。

祈り:主よ!私の心の中にある傲慢と悪を取り除き、神様の公儀の裁きの前に恐れおののく心で生きるようにお助けください。

一言:人の高ぶりはその人を低くする(箴29:23)

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墓穴を掘ったハマン
エステル記 6:1-14

 ハマンは巧妙な処世術で王の寵愛を受け、富と栄光と権力とを手にしました。反面モルデカイは王に対して忠実でしたが、認められていませんでした。しかし今日の御言葉は、神様は生きておられ滅ぶべき者を滅ぼし、尊ばれるべき者を尊んでくださる方であることを明らかにしています。

I.栄誉を受けるモルデカイ(1-6)
 王は夜眠れなかったので、記録の書、年代記を読ませました。その記録の書にはモルデカイが王の暗殺の陰謀を告発し、王の命を救ったことが記録されていました。王はモルデカイの功労を認め、彼に栄誉を与えたいと思いました。そして王服を着せ、王の馬に乗せて、町の広場に導かせ、「王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである。」と、ふれるように命じました。モルデカイの隠れていた弛むことのない忠実な心が、ついに認められたのです。

II.墓穴を掘ったハマン(7-14)
 ハマンは、モルデカイを亡き者にしようというたくらみを携えて王を訪ねて来ました。その時王は、「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう。」と尋ねました。ハマンは自分が栄誉を受けると勘違いして答えました。彼はモルデカイを亡き者にしようとしましたが、結果的に、むしろモルデカイに王服を着せ、王の馬に乗せて、導き、最高の栄誉を彼に与えることになってしまいました。
 ハマンは嘆いて家に帰り、妻と友だちから敗北者の宣告を受けることになります。

祈り:主よ!浅知恵を働かせば一時的に成功するように見えますが、結局敗北してしまうことを悟りました。私はあなたを信じて生きます。

一言:墓穴を掘ったハマン

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モルデカイとハマン
エステル記5:9-14

 本文には、モルデカイとハマンの対照的な姿が現われています。モルデカイは王の門の門番に過ぎない者であり、民族とともに死の危機に処せられている者です。その反面、ハマンは高い権威を持った者であり、モルデカイとユダヤの民の生死を握っている者です。ですが、彼らの内面はどのように違うのでしょうか。

I.微動だにしないモルデカイ
 モルデカイは三日の間、民たちと共に断食して祈りました。そしてすべての問題を神様にゆだね、再び忠実に自分の職務を負いました。彼はハマンが出て来るのを見ても恐れることはありませんでした。ハマンによって、自分とすべての民の死が決まっていたにも関わらず、彼に憤りを覚えて争ったり、ひざまづいて許しを請うたりしませんでした。彼はただ神様の勝利を信じました。彼は少しも揺れ動かされませんでした。

II.満足のないハマン
 ハマンは王と共に王妃が設けた宴会に招待されたことで上機嫌になりました。しかし彼は自分の気分に陶酔して、エステルがなぜ自分を招いたのかを知りませんでした。彼は友人と妻を呼び、自分の栄華を誇りました。
 ところがモルデカイがひざまづこうともしないのを見て怒り、歯ぎしりしました。それで権力にものを言わせて、残忍に殺してしまおうとたくらみました。このような者の心の中には本当の満足がありません。自分の栄華を求め、自分を自慢しようとする者の心は決して満たされることがないのです。

祈り:主よ!私が、あなたに堅く頼ることでどんな現状にもゆれ動かされることのない者となるようにお助けください。

一言:正しい者の内面、不義なる者の内面

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