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パウロの切なる期待と望み
ピリピ人への手紙 1:19-30

 投獄された者というのは、ふつう、ただ一日も早く監獄から出たいと願うものです。しかしパウロは違いました。

I.私の身によってキリストを(19-26)
 パウロの切なる期待と望みは、生きるにしても、死ぬにしても自分の身によってキリストのすばらしさが現れされることだけでした(20,21)。パウロにとって、自分の中に生きておられるキリストのすばらしさが現れることだけが、生きる目的であり、最高の喜びでした。だから、それが実現するならば、この世の命はどうなってもよかったのです。
 パウロの個人の願いは、世を去ってキリストと共にいることでした。しかし、彼は、羊たちの益を思って、生きることを願いました(24,25)。このようにパウロは生死を超えてキリストを尊び、羊たちに益になるために生きたのです。

II.福音にふさわしく(27-30)
 パウロは、ピリピの聖徒たちに、福音にふさわしく生活するように言いました。それは、第一に、霊を一つにし、心を一つにすることです。なぜなら、主の御業は、個々人のバラバラな働きではなく、霊を一つにして、心を一つにして、ともに奮闘するべき御業だからです。そして、第二に、キリストの苦難に加わっていくことです。私たちが福音に聞き従って生きようとすると、多くの場合、反対する人が現れます。しかし患難と迫害は、私たちの信仰を強め、救いに至る信仰へと導いてくれるものです(28)。神様は私たちに、キリストを信じる信仰ばかりか、キリストのために受ける苦しみさえも、賜物として与えてくださる方なのです。

祈り:主よ!私もパウロのように生きても死んでも、あなただけを尊ぶ生き方を選び取ることができますように。

一言:生きても死んでも

カテゴリ:新約聖書::ピリピ人への手紙

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使徒パウロの霊的な喜び
ピリピ人への手紙 1:12-18

 ピリピの聖徒たちの中には、パウロが投獄された知らせを聞いて、心が揺り動かされた者もいました。しかしパウロは獄中にあって、むしろ満ち溢れんばかりの喜びの中にありました。人間の視点で見ると、不幸としか言いようのない状況の中で、なぜ彼は、これほどの喜びに満たされていたのでしょうか。

I.福音の前進を喜ぶパウロ(12-14)
 パウロが投獄されたことによって、牢獄にいる親衛隊の全員と、そのほかのすべての人々に福音が証されました(13)。この人々が、ローマの皇室に福音の種として蒔かれ、全世界に福音が広がっていく基礎となって行くのです(4:22)。
 また、パウロが監獄でも屈することなく福音を宣べ伝えることによって、弱々しい聖徒たちも励まされ、勇気を持って大胆に神様の御言葉を証するようになりました(14)。パウロは、自分が投獄されたが故に、むしろ福音の前進がもたらされたため、喜びに満たされました。

II.キリストが宣べ伝えられていることを喜ぶパウロ(15-18)
 ある人々は、パウロを苦しませようとして、ねたみや競争心の故に福音を宣べ伝えました。彼らはパウロがいなくても福音は広がっていくのだということを見せ付けたかったのです。
 しかしパウロは少しも感情的になりませんでした。むしろどんな形であれ、キリストが宣べ伝えられていることを喜びました(18)。彼は自分の名誉ではなく、神様を中心にして生きていました。喜びは幸福です。キリストによって生きる人は、どんな状況にあっても、まことの幸福を受けることができるのです。

祈り:主よ!現実的な問題ばかりに心がとらわれて、あなたに疑いを抱いた罪を悔い改めます。私もパウロのように逆境にあって、かえって福音の進歩を成し遂げてくださるあなたを見上げて喜びに満たされますように。

一言:パウロの霊的な喜び

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感謝し祈るパウロ
ピリピ人への手紙 1:1-11

 パウロは青春をかけてアジアとヨーロッパ全域に福音を伝えましたが、同族たちの訴えによって、はっきりとした理由も無くローマの監獄に入れられました。しかし、彼は決して落胆せず、思い煩いもしませんでした。彼は、監獄の中でも、ピリピの聖徒たちへの牧者の心を忘れませんでした。そして、この手紙を書いたのです。パウロはピリピの聖徒たちのことを考えるたびに感謝が溢れ、祈る時ごとに喜びが満ち溢れました。

I.祈るパウロ(1-8)
 ピリピの聖徒たちは、以前は福音を聞いたことの無い人々でしたが、パウロの伝道によって福音を知り、罪の赦しの恵みを受け、この福音の中で、パウロの良き仲間となりました(5)。パウロは、神様が、ピリピの聖徒たちの中で行なわれたいのちの御業を、キリストの再臨の日までに完成させてくださることを信じ、感謝しました(6)。そしてピリピの聖徒たちが、パウロが投獄されている時も、福音を弁明し立証している時も、自分と共に恵みを受けてきたことに感謝しました(7)。彼らはローマの獄中にいるパウロを、祈りと手紙と献金によって支え(4:15,16)、パウロはキリストの愛の心で彼らを慕っていました。

II.祈るパウロ(9-11)
 パウロは彼らが成熟した愛の使徒になることを祈っていました(9)。知識と識別力の無い浅はかな愛(それは本来、愛と呼ぶべきものではないのですが)は、魂を病に至らせ、人間中心の考えに陥らせ、汚れた肉の実を結ばせる結果に至りやすいものです。一方で、成熟した愛は、真にすぐれたものを見分けることができ、非難されるところがなく、義の実を豊かに結ばせるのです(11)。パウロは牧する羊たちのため、彼らが内なる変化を経験し、ますます成長し、そして実りある生き方ができるように祈りました。

祈り:主よ!私に、霊的な識別力を与えてください。そして、成熟した愛によって、義の実を豊かに結ぶことができるよう導いてください。真心を持って羊たちを慕い求めるキリストの愛の心をお与え下さい。

一言:キリストの愛の心で

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ピリピ人への手紙
I.執筆動機
 ピリピの聖徒たちは、パウロに対して深い愛情を抱いていました。彼らはパウロが監獄に入れられた知らせを聞いて、献金を募り、それをエパフロデトに委ねて、パウロへと送り届けさせ、さらには、ローマの監獄に残って、パウロの身の回りの世話もするようにさせました(2:25)。しかしエパフロデトはローマに着いてからしばらくして重い病に冒されました。この知らせを聞いたピリピの聖徒たちは、仕えるために送った人がむしろ重荷になってしまったことを思い煩いました(2:26)。しかし、使徒パウロは、ピリピの聖徒たちが思い煩っているということを伝え聞き、むしろ彼らを気遣っています(2:27)。
 その後、エパフロデトは回復しましたが、パウロは、ピリピ人の思い煩いを取り除くために、彼をピリピに帰すことにしました。その時、同時にピリピの聖徒達への感謝を込めて、手紙を書き送りました。それがピリピ人への手紙です。
 ピリピ人への手紙には、意外なことに、ピリピ教会が直面していた現実的な問題について教訓を与える目的もありました。ピリピ教会には有能な婦人たちが多く、彼女たちが心を一つにすることに困難があったのです。パウロは、彼女たちが高ぶらず、謙遜に一つになることを、強く勧めています(2:1-4,4:2,3)。また、ピリピの聖徒たちには、パウロが監獄に入れられたために、失望や疑いが生じていました。パウロは、そんな彼らに、この手紙を通じて、自分が監獄に入れられたことは、むしろ福音の前進において有意義であるということを教えています(1:12-18)。

II.内容
 ピリピ人への手紙は「喜びの手紙」とも呼ばれています。ピリピ人への手紙には「喜び」という単語が数多く出てきます(1:14,18,25,2:17-18,3:1,4:4,10,18)。パウロは今や老年であり、監獄の中にいます。そしてピリピ教会も迫害を受けていました(1:28)。それでもその手紙には喜びが満ちているのです。何と驚くべきことではないでしょうか。私たちは、ピリピ人への手紙を通して、どんな環境の中でも、喜びを得ることができるという信仰の世界を目の当たりにします。それと同時に、パウロの晩年に書かれた、この手紙から、彼の成熟した信仰人としての姿勢を見て取ることができます。彼のキリストに対する忠誠心、献身、求道者の心、愛などは、信仰の成熟を目指す私たちに大きな感動をもたらすものです。

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