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日ごとの糧::新約聖書::エペソ人への手紙
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神のすべての武具を身に着けなさい
エペソ人への手紙 6:10-24

 信仰によって生きようとする時、そこには平和と祝福ばかりではなく、霊的な苦難が伴うものです。信仰によって生きるというのはある意味で戦いなのです。敵は目に見えないサタンです。この敵は人間の力や知恵では退けることはできません。私たちはどうしたら、サタンに打ち勝つことができるのでしょうか。

I.神のすべての武具を身に着けなさい(10-17)
 私たちの敵であるサタンに立ち向かうためには、神様のすべての武具を身に着ける必要があります。神様の武具とは、真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の備え、信仰の大盾、そして、御霊の剣です。この御霊の剣とは、神様の御言葉を指します。もしも剣が無ければ、敵に打ち勝つことができません。神様の御言葉とは、私たちが信仰において勝利をおさめる上での要です。
 神様の武具の中で、あなたに欠けているものがあるでしょうか。

II.どんなときにも御霊によって祈りなさい(18-24)
 これら全ての武具を身に着けたとしても、祈りがないならば霊的な戦いに勝利をおさめることはできません。私たちは、祈らずして、サタンを退けるために必要な霊的な力と知恵を受け取ることは不可能なのです。祈りのない信仰は、あたかも敵がどこに潜んでいるのかも分からず、作戦計画もなく、また食事もせずに、兵士として戦場を駆け回るようなものです。祈りとは信仰生活を根底で支える呼吸のようなものなのです。しかし、実際に祈りを継続しようとするならば、それが決して容易ではないことに気が付くはずです。私たちは肉の性質の故に、目に見える世界のことには関心が向きやすいのですが、目には見えない霊的な世界には、なかなか心を向けられません。それで使徒パウロは、目を覚まして、忍耐の限りを尽くすようにと言ったのです。そして同時に、霊的な戦いの最前線にいる福音のしもべたちのためにも祈るようにと願いました。

祈り:主よ!私が、サタンの策略に立ち向かうため、あなたから、あらゆる武具を受け取り、完全武装できますように。そして、祈りを通じてあなたの知恵と力をいただくことができるようにお導きください。

一言:悪魔に立ち向かいなさい

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この地上の関係において
エペソ人への手紙 6:1-9

 今日の御言葉は、私たちが、この世の関係のなかで心にとめておくべきことを教えています。パウロは、親と子、奴隷と主人といった、上下の関係において、 私たちが何を大切にするべきであると言っているのでしょうか。

I.親と子ども (1-4)
 子どもが、主にあって両親に従うのは正しいことです。形だけ従うのではなく、両親を敬う心が大切です。神様は、両親を敬う者を祝福する、と約束されているからです(出20:12)。
 一方で、親は子どもたちを怒らせてはいけません。親が理不尽な要求をしたり、偽善的に振舞うならば、子どもたちは両親に対して憤りを覚えるものです。親は子どもに一時の感情で接するのではなく、主の御言葉に基づき、一貫性を持って正しく導いていくべきなのです。

II.奴隷と主人(5-9)
 奴隷たちは主人にうわべだけで仕えがちなものでした。ですが、彼らは奴隷である前に、まず主のしもべです。ですから、人に仕えると思うのではなく、キリストに仕える心で、真心で主人に仕えるべきです。このように生きるならば、この世での身分に関係なく、必ず主の報いを受けるようになるのです。
 一方で主人は、自分の権力を乱用して、奴隷を差別したり脅したりしがちでした。しかし彼らは天の神様の御前では、奴隷も主人なく、皆が等しく扱われることを知るべきです。

祈り:主よ!私は人間関係において、この世での位置付けに惑わされやすい者です。しかし、私が、誰に対しても、あなたに接するように真心を込めて接することができるように助けてください。

一言:主に従うように

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妻と夫
エペソ人への手紙 5:21-33

今日の御言葉は主にある夫婦のあり方について教えています。夫婦のあり方こそ、家庭と社会の基底にあるものです。夫婦のあり方が主の御旨から離れてしまっている現在、今日の御言葉は家庭ある人々が守るべき大切なことを教えています。

I.妻たちよ(21-24)
 妻たちは自分の夫に従って付いていくべきです。夫は妻のかしらであるからです。これはキリストが教会のかしらであるのと同じような関係です。教会がキリストに従うように、妻がその夫に従って行くならば、家庭の秩序は守られるのです。
 勿論、これは盲目的、律法的な服従を意味しません。主に贖われた私たちが主に仕えるように、愛に基づく人格的な関係が前提なのです。

II.夫たちよ(25-33)
 夫が妻を従わせる一方で、自らは自分勝手に振舞うために、多くの家庭の幸福が崩れ去っています。夫は、キリストが教会を愛するように妻を愛さなければなりません。夫は、キリストが自らを捧げて命がけで教会を愛されたように、妻を献身的に愛するべきなのです。
 妻は夫と一体です。神様の御旨によって一体となりました。ですから妻を愛するというのは自分を愛することです。妻を愛することは単なる義務ではありません。神を愛し自分を愛するならば、自ずから妻を愛するようになるのです。

祈り:主よ!あなたの愛の中で、世の妻たちが夫に付き従っていくように、また、夫たちが自らを捧げて妻を愛するようにお導きください。

一言:従うことと愛すること

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機会を十分に生かして用いなさい
エペソ人への手紙 5:15-20

 パウロは、その時代を「悪い時代だ」と言います。悪い時代とは、人々が神様を忘れ去ってしまう時代です。世の中の虚しい事柄に目が眩んで、神様が見えなくなってしまう時代です。使徒パウロはこのような時代に生きる聖徒達に「機会を生かして用いなさい」と言いました。それは、どのようにすることなのでしょうか。

I.主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。(17)
 私たちが虚しい時を過ごすのは、世の流れに翻弄されて、その時、その時の気分のままに、当て所も無くさ迷っているからです。人は、こうした生き方を、楽で自由な生き方だと思うかも知れません。しかし、本当は実に愚かで虚しいことなのです。なぜなら、私たちの人生には、後の世に備えて御霊の実を結ぶという、大切な目的があるからです。
 ですから私たちは自我の望むままにさ迷うのではなく、いつも、主のみこころは何であるのかを悟り、御霊の導きに信頼して生きていくべきなのです。

II.御霊に満たされなさい(18)
 人は、自分の内面に虚しさを覚えるとき、それを何かで満たそうとします。ですが、何で満たされているのかによって、人生の実は、まったく異なってきてしまいます。酒や快楽で満たそうとするならば、人は放蕩し、さ迷い続けます。ですが私たちは主の御言葉によって聖められ、聖霊によって満たされる者です。詩と賛美と霊の歌で、主を褒め称える者です。
 そのとき、その心は感謝で満ち溢れ、その人生は御霊の実を結び、永遠への希望が与えられます。もしも、私たちの心に感謝と喜びが無いとするならば、それは何か世的で良くないものによって満たされているからです。その時には、悔い改め、聖霊に心を開くべきです。

祈り:主よ!私は、悪い時代に翻弄されていました。今、私を聖霊で満たしてください。そして人生の目的地をはっきりと御示し下さい。

一言:悪い時代だから

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神にならう者となりなさい
エペソ人への手紙 5:1-14

私たちは神様の大きな愛を受けた子どもです。ですから、私たちは神様の喜びとなるように、世の中にならうのではなく、神様にならう生き方をしていくべきです。では、神様にならう生き方とは何でしょうか。

I.愛のうちに歩みなさい(1,2)
 神様は愛です(Ⅰヨハ4:16)。神様にならう者は愛のうちに歩みます。その愛はイエス様が示された愛です。イエス様は、私たちを救うために、ご自分を十字架の犠牲にされました。イエス様は私たちのためにいけにえになり、私たちを罪のさばきから救ってくださいました。これが愛なのです。愛とは犠牲です。この世の愛は、見返りを求める利己的な偽物の愛です。本当の愛は一人の人の罪からの救いを求めて命をかけることです。神様にならう人々は、この犠牲的な愛、聖なる愛の恵みの中に生き、この愛に一歩一歩、近づいて行くのです。

II.光の子どもらしく歩みなさい(3-14)
 神様は光です(Ⅰヨハ1:15)。ですから、神様にならう人々は暗やみの中を歩みません。神様の光の中を歩まない人々は、不品行やむさぼりという偶像崇拝に陥ります。みだらなことや、愚かな話や、下品な冗談にふけっています。そうした行いを続ける人々は神様から遠く離れていってしまうのです。私たちは光の子どもらしく歩むため、主に喜ばれることが何であるかを見分けていくべきです。御言葉を通して、罪を示されて悔い改め、密かに行なっている恥ずかしい習慣から離れて、光へと出て行くべきです。私たちは、霊的な眠り、霊的な死の中にあるこの世から覚醒し、神の光へと出て行くべきなのです。

祈り:主よ!あなたの愛を教えてください。そして、暗やみの中にいる時には、私の罪を示して、光へと導き出してください。

一言:愛と光の主

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