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私にとって、毎日が死の連続です。
Ⅰコリント 15:20-34

 「私にとって、毎日が死の連続です。」(31)

I.眠った者の初穂となられたイエス様(20-28)
 キリストは甦られ、眠った者の初穂となりました。キリストを信じながら死んだ人々は、みなキリストのように甦るのです。アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされます(22)。主の子どもである私たちは、キリストが再臨される時、よみがえるのです。キリストが再臨される時、歴史の終末が来ます(24)。その時、何が起きるのでしょうか。キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、ついには死も滅ぼされます。その時には、死がこれ以上人々を恐れさせ、悲しませることはありません。イエス様が万物を従わせた後に、イエス様ご自身も神様に従い、万物の秩序が回復するのです。

II.毎日が死の連続です(29-34)
 パウロは復活の生ける望みを持っていました。その時、彼は此の世に何の恐れもありませんでした。彼は福音を宣べ伝えるために、自分の命を惜しみませんでした。エペソで福音を証しするために、いのちがけで戦いました。彼は「毎日が死の連続です。」と告白しています。そのような歩みを続けることができたのは、彼が甦りの希望の中で生きていたからです。彼は、コリントの聖徒たちに、世の偽りの世界観・価値観にだまされることなく、目覚めて身を正し、罪から離れるようにと告げています。甦りの希望の中で生きるとき、私たちはあらゆる苦難と逆境の中にあっても、前進することができるのです。

祈り:主よ!私が、どんなときにも、あなたの甦りを仰ぎ見て生きることができますように。

一言:毎日が死の連続です

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もし、死者の復活がないのなら、
Ⅰコリント 15:12-19

 「もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。」(13)

I.もし、死者の復活がないのなら(12-16)
 ギリシヤ哲学の影響を受けた人々は、たましいの不滅を信じましたが、肉体の復活は信じようとはしませんでした。それは、彼らが、人間をたましいと肉体の二元論的な存在としてとらえ、肉体を悪いものとみなしていたからです。ですが、キリストは甦られました。死者の復活がありえるからこそ、キリストは甦られたのです。キリストは私たちと同じ肉体を持って、この地に来られました。そのキリストを、神様は甦らせてくださいました。それは、とりも直さず、死者の甦りの事実を証しているのです(15)。今日でも、主を信じると言いつつも、死者の甦りだけは信じられない人々がいます。ですが、それは、信仰を、単なる自己満足や自己実現の手段のようにみなしているのです。自分中心の信仰だからこそ、自分の理性で受け入れることのできない復活を信じることができないのです。しかしこうした人々は、死の限界の中にとどまっており、本当の希望に至ることができません。

II.キリストがよみがえらなければ(17-19)
 キリストのよみがえりは、福音の根底にあるものです。もしキリストがよみがえらなければ、私たちの信仰はむなしく、私たちは今もなお、自分の罪の中にいることになります。福音の証人たちは皆、偽証者となり、主と福音のために苦しんだ信仰の先祖たちの献身も、みなむなしいものとなります。つまりは、主を信じる者は、単なる哀れな者に過ぎないこととなります。しかし、キリストは聖書に示されている通りによみがえられました。だからこそ、今もなお、数多くの人々がキリストの甦りを信じて、新しい命を得、罪の赦しの恵みに与り、甦りの生ける望みの中で生きているのです。

祈り:主よ!キリスト・イエスが甦られたという事実こそが、私の信仰の基です。私が今日も甦りの信仰に生きることができますように。

一言:甦りへの信仰こそ

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甦りの信仰
Ⅰコリント 15:1-11

 「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、」(3,4)

I.福音の基礎(1-4)
 コリント人への手紙第一15章は、「復活章」と呼ばれています。コリント教会は数多くの問題を抱えていました。しかし、使徒パウロは、最後に、甦りの信仰と甦りの望みを示しました。パウロは、彼らが、目の前の様々な問題を、甦りへの信仰によって、克服できるように願っていたのです。使徒パウロは、自分が宣べ伝えた福音を思い起こさせ、その福音をしっかりと保っているようにと告げています。その福音の内容は、一つめに、キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたということ(3)。イエス様は、ご自分に罪は無いにも関らず、私たちの罪を身代わりに担われて、十字架で苦しみを受けられ、血を流して死なれました。イエス様の死は私たちの罪を贖うための死だったのです。福音の内容の二つ目は、イエス様が葬られ、聖書に従って三日目によみがえられたことです(4)。イエス様は葬られてから三日目に、死に打ち勝たれました。甦られたのです。イエス様は、甦りを通して、ご自分がキリストであることを明らかにされたのです。

II.キリストの復活の証人たち(6-11)
 よみがえられたイエス様は、まず、ケパと弟子たちに現れました。弟子たちは甦られたイエス様に出会ったのです。この衝撃的な出来事を通じて、弟子たちは変えられました。彼らは恐れに克ち、大いなるキリストの証人となって行きます。イエス様を信じる人々を迫害していたサウルが、使徒パウロに変えられたのも、彼がよみがえられたイエス様に出会ったからです。弟子たちが劇的に変えられたという事実こそが、イエス様の甦りを証ししているのです。

祈り:主よ!この時間、あなたの十字架の死と甦りの事実を、再び受け止めます。私が、甦りの信仰を生きることができますように導いてください。

一言:甦りの信仰に生きる

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秩序ある礼拝
Ⅰコリント 14:26-40

I.平和の神様(26-33)
 初代教会では、誰でも異言や預言が臨めば、立ち上がって異言を話し、預言をしました。ある人は賛美をしました。そのため、敬虔であるはずの礼拝が混沌とした状態になることがありました。一人一人が自分の思いのままに話そうとして、教会が騒々しいものとなっていたのです。ですが、キリスト者は全てのことを徳を高めるために行うべきです。自分を主張し、自分を現すことを目的とすべきではありません(26)。一人一人がお互いを尊重し合うべきです。異言を話すのならば、多くの人が一緒に話すのではなく、二人か三人が順番に話し、一人は解き明かしをすべきです。預言する者も、二人か三人で話し、他の人はそれを吟味すべきです(29)。また、座席に着いている別の人に黙示が与えられたら、先の人は譲るべきです(30)。神様は混乱の神様ではなく、平和の神様ですから、敬虔であるべき礼拝において、無秩序を招く行動は慎むべきなのです。

II.すべてのことを適切に(34-40)
 妻たちが教会で何かを語るのはふさわしいことではありません。家に帰って、夫に話し、尋ねるべきです。私たちは、神様の栄光をあらわすように、教会では不和を避け、慎み深く過ごすべきです。パウロは告げています。「それゆえ、わたしの兄弟たち。預言することを熱心に求めなさい。異言を話すことも禁じてはいけません。ただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行ないなさい。」(39,40)。御霊の賜物は、教会の共同体の徳を高めるために、相応しく用いるべきなのです。

祈り:主よ!私が何事も、教会の徳を高めるように行うことができますように導いてください。

一言:教会の徳を高める者

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異言よりも預言を
Ⅰコリント 14:1-25

 「私はあなたがたがみな異言を話すことを望んでいますが、それよりも、あなたがたが預言することを望みます。」(5a)

I.それよりも、預言することを望みます(1-12)
 異言とは、人に話すものでなく、神様に話すもの、また自分の霊で奥義を話すものです。ですから、異言は、他の人々には理解できません。異言は、自分の徳を高めるものであり、教会の徳を高めはしません(4)。
 一方、預言は啓示された真理を明確な言葉で伝えるものであり、説教や御言葉の学びにあらわれます。預言は、全ての人々が理解することができます。それ故に、預言は人々の徳を高め、慰め、励ます力となるのです。ですから、異言のように他者に理解できない言葉に熱心になるよりも、神様の御言葉の深みに分け入り、その意味するところを悟り、信仰の幼い兄弟たちにたましいの糧を分け与えるために、より一層の力を注ぐべきなのです。

II.教会に徳を立てなさい(13-25)
 異言を語る者は、必ず解き明かすものを立てる必要があります。解き明かしがあれば、皆が、その内容を理解することができ、教会の徳を高めることに寄与するからです。教会のためには、異言で一万語話すより、知性を用いて五つのことばを話すべきなのです(19)。教会が聞き取れないことばで異言を語ってばかりいれば、初めて教会に来た人々は、気が変になった者の集まりだと思うでしょう(23)。ですが、教会で、御言葉が語られ、澄み切った精神で、御言葉の解き明かしがなされるならば、教会に初めて来た人々も罪を悔い改め、主に立ち返るでしょう。主の御言葉こそが、教会の徳を高めるのです。

祈り:主よ!私が、他人に理解できない賜物を誇ることよりも、あなたの御言葉を深く悟り、語り伝える者でありますように。

一言:一万語の異言より一言の預言を

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