2007年01月03日 (水)
使徒の働き 20:13-27
「福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」(24)
I.謙遜と涙の牧者(13-21)
今日の御言葉は、パウロがエペソ教会の長老たちをミレトに呼んで、彼らに伝えた告別メッセージの一部分です。パウロはエペソで謙遜の限りを尽くし、涙をもって、神様の羊の群れに仕えました。また彼は羊たちに益になることは、少しもためらわず、知らせ、教えました。彼は特に神様に対する悔い改めと、主イエス・キリストに対する信仰を教えました。彼は自分の利益と人気のためではなく、羊たちのために教えました。
II.福音のあかしをいのちよりも貴く思うパウロ(22-27)
パウロは今、エルサレムに行こうとしましたが、そこには多くのなわめと苦しみが待っていることを、知っていました。しかしパウロはイエス様から受けた任務、すなわち神様の恵みの福音をあかしすることを果たし終えるためには、自分のいのちは少しも惜しいとは思いませんでした(24)。このように使徒パウロは自分のいのちよりも、神様の福音を更に貴く思いました。これは恵みの福音が律法の下で神様のさばきを受けて滅亡する自分自身を生かしたからであり、またすべての人々を罪と死から救うことを、知っていたからです。
私たちがいのちをかけてすることは何でしょうか。多くの人々に神様の恵みの福音をあかしすることです。人ができる仕事の中で、これより貴いものは何もありません。
祈り:主よ!私が謙遜と涙で羊たちに仕え、いのちをかけて、神様の恵みの福音をあかしするように助けてください。
一言:いのちをかけて恵みの福音をあかししよう
「福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」(24)
I.謙遜と涙の牧者(13-21)
今日の御言葉は、パウロがエペソ教会の長老たちをミレトに呼んで、彼らに伝えた告別メッセージの一部分です。パウロはエペソで謙遜の限りを尽くし、涙をもって、神様の羊の群れに仕えました。また彼は羊たちに益になることは、少しもためらわず、知らせ、教えました。彼は特に神様に対する悔い改めと、主イエス・キリストに対する信仰を教えました。彼は自分の利益と人気のためではなく、羊たちのために教えました。
II.福音のあかしをいのちよりも貴く思うパウロ(22-27)
パウロは今、エルサレムに行こうとしましたが、そこには多くのなわめと苦しみが待っていることを、知っていました。しかしパウロはイエス様から受けた任務、すなわち神様の恵みの福音をあかしすることを果たし終えるためには、自分のいのちは少しも惜しいとは思いませんでした(24)。このように使徒パウロは自分のいのちよりも、神様の福音を更に貴く思いました。これは恵みの福音が律法の下で神様のさばきを受けて滅亡する自分自身を生かしたからであり、またすべての人々を罪と死から救うことを、知っていたからです。
私たちがいのちをかけてすることは何でしょうか。多くの人々に神様の恵みの福音をあかしすることです。人ができる仕事の中で、これより貴いものは何もありません。
祈り:主よ!私が謙遜と涙で羊たちに仕え、いのちをかけて、神様の恵みの福音をあかしするように助けてください。
一言:いのちをかけて恵みの福音をあかししよう
2006年01月02日 (月)
使徒の働き 1:1-14
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(8)
I.地の果てにまで、わたしの証人となります(1-8)
十字架で死なれた後、イエス様は三日目によみがえられました。イエス様は四十日間弟子たちと共にいながら、数多くの確かな証拠をもって、ご自分のよみがえりを証しされ、また神の御国のことを話してくださいました(3)。イエス様の十字架の死と甦りによって、私たちは罪赦され、神様の御国への招きに与る者とされたのです。イエス様は弟子たちが聖霊を受け、ご自身が成し遂げられた神様の御国を宣べ伝えることを願われました(4,5)。ところが弟子たちの関心はどこまでもこの世の国にありました(6)。イエス様はこのような弟子たちに、イスラエルの回復は神様に御委ねし、彼らはエルサレムと、ユダヤとサマリヤの全土、地の果てにまで、イエス様の十字架の死と復活を証しする証人になるようにと命じられたのです(8)。
世の中には大切にしたいことが数多くあります。しかし滅び行く魂を救い、彼らを神様の御国にお導きして行くこと以上に、大切なこと、急がなければならないことがあるでしょうか。神様の御国は広がって行きます。今私が、この場所で福音を伝えることから。
II.祈りに専念していた弟子たち(12-14)
イエス様の世界宣教の使命を受けた時、弟子たちは、何をどのようにしたらよいかわからず茫然とするばかりでした。しかし、彼らはイエス様の命令に聞き従いました。彼らはイエス様が言われたことを信じて聖霊を待ち望み、エルサレムに入り、祈りに専念していました(14)。人の力では決して不可能な御業が祈りから始まるのです。
祈り:主よ!この世にとって、何よりも緊急を要するものは、あなたの御国に与ることなのですね。私は、地の果てにまで、あなたの福音を宣べ伝える者として歩みます。
一言:イスラエルの国より、まず神様の御国を
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(8)
I.地の果てにまで、わたしの証人となります(1-8)
十字架で死なれた後、イエス様は三日目によみがえられました。イエス様は四十日間弟子たちと共にいながら、数多くの確かな証拠をもって、ご自分のよみがえりを証しされ、また神の御国のことを話してくださいました(3)。イエス様の十字架の死と甦りによって、私たちは罪赦され、神様の御国への招きに与る者とされたのです。イエス様は弟子たちが聖霊を受け、ご自身が成し遂げられた神様の御国を宣べ伝えることを願われました(4,5)。ところが弟子たちの関心はどこまでもこの世の国にありました(6)。イエス様はこのような弟子たちに、イスラエルの回復は神様に御委ねし、彼らはエルサレムと、ユダヤとサマリヤの全土、地の果てにまで、イエス様の十字架の死と復活を証しする証人になるようにと命じられたのです(8)。
世の中には大切にしたいことが数多くあります。しかし滅び行く魂を救い、彼らを神様の御国にお導きして行くこと以上に、大切なこと、急がなければならないことがあるでしょうか。神様の御国は広がって行きます。今私が、この場所で福音を伝えることから。
II.祈りに専念していた弟子たち(12-14)
イエス様の世界宣教の使命を受けた時、弟子たちは、何をどのようにしたらよいかわからず茫然とするばかりでした。しかし、彼らはイエス様の命令に聞き従いました。彼らはイエス様が言われたことを信じて聖霊を待ち望み、エルサレムに入り、祈りに専念していました(14)。人の力では決して不可能な御業が祈りから始まるのです。
祈り:主よ!この世にとって、何よりも緊急を要するものは、あなたの御国に与ることなのですね。私は、地の果てにまで、あなたの福音を宣べ伝える者として歩みます。
一言:イスラエルの国より、まず神様の御国を






