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終末の前兆
ルカ 21:5-19

 人々は美しくすばらしい宮を見て心が奪われました。しかしイエス様は将来宮が徹底的に破壊されることを預言しながら、終末の前兆について話されます。

I.こわがってはいけません(8-11)
 終末が近づけば、にせキリストが現われて、多くの人を惑わします。戦争や暴動が起きて不安にさせます。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、戦争が起こります。大地震があり、方々に疫病やききんが起こります。それ以外にも恐ろしいことが起きて大きな前兆が現われます(11)。しかしこのようなことが起こったからといって、すぐに終わりが来るのではありません。イエス様が再臨されれば、終わりが来ます。それでクリスチャンたちは惑わされたりこわがったりする必要がありません(8,9)。このようなことが起こると、イエス様が前もって言われたので、驚かずに信仰を守らなければなりません。

II.忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます(12-19)
 終末の前兆のもう一つは、人々がクリスチャンたちに対して悪くなることです。クリスチャンたちは迫害され、牢に入れられます。甚だしくは家族、親戚、友人たちまでもが憎み、牢に引き渡します(12,16,17)。
 しかしイエス様は、それがむしろイエス様を証しできる機会になると言われます(13)。また私たちが前もって彼らに弁明することを用意しなくても、主が知恵をくださり、私たちの肉体とたましいを保護してくださると約束されます(15,18,18)。私たちは、ただ世と妥協せずに信仰によって耐え忍ぶだけです。

祈り:主よ!私が世を見て不安になり、恐れて世に誘惑されました。私が分別力と信仰を持つように助けてください。

一言:惑わされてはいけない
カテゴリ:新約聖書::ルカの福音書

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やもめの献金を称賛されたイエス様
ルカ 20:45-21:4

 世の人々は内容よりうわべを見て人を評価する場合がよくあります。しかしイエス様はうわべより中身をご覧になります。

I.上座を好む律法学者たち(20:45-47)
 イエス様は弟子たちに人々の前でうわべを飾る律法学者たちには気をつけるように警戒されました。彼らは上席を好み、人々からあいさつされることが好きです。彼らは長い衣をまとって敬虔なふりをします。しかし実際にはやもめの家を食いつぶし、人々を意識し、わざと長い祈りをする忌み嫌うべき者です。このような人々は神様を知らない人より、さらに重い罰を受けるようになります。

II.やもめのレプタ銅貨(21:1-4)
 イエス様は、目を上げてご覧になると、人々が献金していました。金持ちは「そら見ろ」と言わんばかりに、多額の献金をしました。しかし貧しいやもめは恥ずかしい気持ちにたえてやっとレプタ銅貨二枚を投げ入れました。人々は、このやもめがわずか二枚のレプタ銅貨を入れたことを知れば、彼女を軽んじたことでしょう。ところがイエス様はこのやもめが誰よりも多くの献金をしたと賞賛されました。なぜなら彼女は乏しい中から持っていた生活費を全部投げ入れたからです。献金とは金額で評価できるものではありません。だからといって、自分のために使って残ったものをささげる姿勢ではいけません。やもめのように神様に自分の全てのものをささげる心で、特に自分の真心をささげなければなりません。献金は神様を礼拝する一つの方法です。それでその心の姿勢がもっと大切です。

祈り:主よ!私が人々に見せるうわべよりも、主がご覧になる心をもっと大切に思う成熟した信仰を持つように助けてください。

一言:人々により、主にもっと良く見せよう
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生きている者の神様
ルカ 20:27-44

 サドカイ人たちは復活を信じず、霊的な世界も信じない現実主義者たちでした。彼らがイエス様をためすために、おかしな質問をしました。

I.サドカイ人たちの質問(27-33)
 サドカイ人たちは復活を否定しようとする意図を持って、申命記25:5節の御言葉に基づいて、復活がある場合に起きる混乱について質問しました。七人の兄弟がいて、長男が妻をめとって死に子がなかった場合は、その妻は二番目の兄弟の妻となりますが、そのようにして七人がみなその妻をめとって、子どもがないまま死ねば、復活の時、一体誰の妻になるのでしょうか。
 しかしこれは現実的にはありえないことであり、復活を否定するために作り上げた話に過ぎません。彼らは復活を信じることができなかったため、考えにも限界があり、また悲惨な考えだけをしています。

II.イエス様の答え(34-40)
 イエス様は彼らの無知を指摘されました。私たちがこの世では肉体の生活をしています。しかし復活すれば、天の御使いのようになり、霊的な生活をするようになります。
 サドカイ人たちは肉体的な考え方で真理を理解しようとして、未来の生活も現世の生活の延長であると誤解しました。これは彼らが聖書も神様も知らなかったからです。聖書によれば、神様は生ける者の神様です。神様の中では死んだ者はいません。この世で生きているのか、神様の御国で生きているのかの違いだけです。

祈り:主よ!私が愚かでおかしな考えをしていたことが多くあります。私の霊的な無知を悟らせてください。

一言:神様は生ける者の神様
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生きている者の神様
ルカ 20:27-44

 サドカイ人たちは復活を信じず、霊的な世界も信じない現実主義者たちでした。彼らがイエス様をためすために、おかしな質問をしました。

I.サドカイ人たちの質問(27-33)
 サドカイ人たちは復活を否定しようとする意図を持って、申命記25:5節の御言葉に基づいて、復活がある場合に起きる混乱について質問しました。七人の兄弟がいて、長男が妻をめとって死に子がなかった場合は、その妻は二番目の兄弟の妻となりますが、そのようにして七人がみなその妻をめとって、子どもがないまま死ねば、復活の時、一体誰の妻になるのでしょうか。
 しかしこれは現実的にはありえないことであり、復活を否定するために作り上げた話に過ぎません。彼らは復活を信じることができなかったため、考えにも限界があり、また悲惨な考えだけをしています。

II.イエス様の答え(34-40)
 イエス様は彼らの無知を指摘されました。私たちがこの世では肉体の生活をしています。しかし復活すれば、天の御使いのようになり、霊的な生活をするようになります。
 サドカイ人たちは肉体的な考え方で真理を理解しようとして、未来の生活も現世の生活の延長であると誤解しました。これは彼らが聖書も神様も知らなかったからです。聖書によれば、神様は生ける者の神様です。神様の中では死んだ者はいません。この世で生きているのか、神様の御国で生きているのかの違いだけです。

祈り:主よ!私が愚かでおかしな考えをしていたことが多くあります。私の霊的な無知を悟らせてください。

一言:神様は生ける者の神様
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カイザルのもの、神様のもの
ルカ 20:19-26

 宗教指導者たちはイエス様を総督に訴えるために、税金の問題でわなをしかけました。しかしイエス様は知恵ある方なので、彼らのわなに落ちませんでした。

I.税金の問題(19-22)
 彼らはイエス様をおだてながら(21)、カイザルに税金を納めることが合法か不法かを尋ねました。当時税金の問題はたいへん鋭敏な問題でした。熱血党員はローマに税金を納めることを拒否しました。もしイエス様が税金を納めよと言えば反逆者としての非難を受け、税金を納めるなと言えば、ローマ法によって逮捕されます。

II.本来誰のものであるのか(23-26)
 イエス様は彼らのたくらみを見抜いて、デナリ銀貨を見せるように命じられました。そこにはカイザルの肖像と銘が刻まれていました。結局そのお金はカイザルから出たものです。それでイエス様は「カイザルのものはカイザルに返しなさい。」と言われました。人々は税金を納める時、自分が苦労してかせいだお金を納めると考えます。しかし税金とは本来カイザルのものはカイザルに返すことです。続けてイエス様は「神のものは神に返しなさい。」と言われます。私たちの命とすべての生活はどこから来たのでしょうか。私に与えられた時間と才能はどこから来たのでしょうか。神様から来ていて、私たちは管理人に過ぎません。私たちが神様に何かをささげる時には、神様のものを神様に返しているのです。私が持っているものが本来自分のものだと考えるので、惜しい気持ちが生じるのです。

祈り:主よ!私にあるすべてのものは、本来、あなたのものであることを覚え、喜んであなたにお捧げします。そして、また、この国への納税の義務も果たします。

一言:私にある全てのものが本来誰のものであるのか
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