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わたしはそれです
ルカ 22:54-71

 今日の御言葉は、大口をたたいていたペテロと、神様の御前にへりくだり、ただただ祈られたイエス様の違いが、裁判の場において、はっきりとあらわれています。本当の勇気というのは何なのでしょう。

I.いや、違います(54-62)
 ペテロはイエス様と共に、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできていると言いました(33)。これは彼の心からの告白だったはずです。しかし結果的に彼はイエス様を三度も知らないと言いました。後では、自分自身をも否定しました(58)。そうして彼はイエス様の御言葉を思い出して、外に出て、激しく泣きました(61,62)。大言壮語していた彼がなぜこのようにあっさりと崩れたのでしょうか。それは、危機にぶつかった時、イエス様を「遠く離れて」ついて行ったからです。辛いことを理由にして、中途半端な気持ちでイエス様について行くと、最後にはイエス様を捨てるようになります。何よりもペテロの決定的な失敗は祈りを忘れていたことです。

II.わたしはそれです(63-71)
 イエス様は夜明けに議会に連れて行かれ、尋問を受けられました。彼らはイエス様に「あなたがキリストなら、そうだと言いなさい。」と質問しました。勿論彼らは、イエス様がキリストだと言われても、信じなかったことでしょう。むしろ神聖冒涜罪を適用させ、死刑判決を下すつもりでした。それを知っていながらも、イエス様は言われます。「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」(70)。
 イエス様は祈りの中でへりくだられ、どんな苦難も死も担う心の準備ができていました。それ故に、少しも恐れることなく、ご自分の真実を現されたのです。

祈り:主よ!あなたのように、私が、いつ、どこにいても、あなたに在って歩むキリスト者であることをはっきりと証することができますように。私を御導きください。

一言:わたしはそれです。
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祈られたイエス様
ルカ 22:39-53

 今日の御言葉で、イエス様は十字架を前において、ゲツセマネ(オリーブ山)で切に祈られました。そして逮捕されました。辛い十字架を目の前にされたイエス様が、この時をどのように過ごされたのでしょうか。

I.神様の御旨に服従されたイエス様(39-46)
 弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われたイエス様は、少し離れた所で、ひざまづいて祈られました。イエス様は、十字架の苦い杯を自分から取り除いてください、と祈られました。これが、人間としてのイエス様の願いでした。しかしイエス様は「わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」と祈られました(42)。どれだけ切実に祈られたのか、汗が血のしずくのように地に落ちました。
 イエス様はご自分の願いがありましたが、神様の御旨に服従するために祈られました。祈りとは霊的な戦い、自分の願いよりも、神様の御旨が成し遂げられることを選び取るための霊的な戦いなのです。

II.逮捕されたイエス様(47-53)
 祈りを終えられた時、ユダが来てイエス様に口づけをしました。それはイエス様を逮捕しに来た人々に送る合図であり、裏切りの口づけでした。これを見た弟子たちは剣を抜いて襲いかかり、大祭司のしもべの耳を切り落としました。しかしイエス様はそのしもべの耳をさわって直されました。イエス様は、またご自分を逮捕しに来た人たちのあやまちをお叱りになりました(52)。彼らに媚びへつらうことはなく、何の抵抗もすることなく、彼らに捕らえられたのです。イエス様はすでに十字架に備えておられました。

祈り:主よ!私がこの世の惑わしに負けて、霊的なまどろみの中にいたことを悔い改めます。私も、あなたのように、汗が血のしずくのように落ちるほどに、祈る者でありますように。

一言:祈りという霊的な戦い
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一番偉い人
ルカ 22:24-38

 偉くなりたい、高い地位を得たいと思う人は多いものです。そのために人々は身を粉にして互いに競争するのです。ですが、本当は、どんな人が偉い人なのでしょう。

I.仕える者イエス様(24-30)
 十字架を目前にしてイエス様は悩み悲しみました。しかし弟子たちは、誰が一番偉いだろうかと議論をしていました。世の人々は、仕えられ、人々の上に君臨する者を偉い人だと考えます。弟子たちはこのような執権者たちを嫌いながらも、うらやましく思っていました。弟子たちは異邦人の王たちとは違わなければなりません。弟子たちは、仕えるしもべであるイエス様を、見習わなければなりません(27)。イエス様は十字架で死ぬまで罪人たちに仕えてくださいました。本当に偉い人は他の人に仕える人です。仕えることは、自分によって他の人がうまくいくように助けることです。この世で他の人に仕える人が、将来天の御国では王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくようになります(30)。

II.ペテロのために祈られたイエス様(31-38)
 ペテロは、自分が一番偉い人だ、と思っていました。そのため、ペテロはサタンの標的にされていました。イエス様はこのようなペテロのために祈られ、彼が立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい、と言われました。しかしペテロは自分の弱さを悟ることができず、大口をたたきました。このようなペテロにイエス様は、彼が鶏が鳴くまでに三度イエス様を知らないと言う、と警告されました。イエス様はご自分の弟子ペテロに望みを置かれ、最後まで仕えてくださいました。

祈り:主よ!私をお助けください。あなたのように、兄弟のために祈り、仕える者として生きることができますように。

一言:本当に偉い人
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契約の血
ルカ 22:1-23

 過越しの祭りが近づいて来ると、宗教指導者たちはイエス様を殺す方法を捜してしました。その時、イエス様は弟子たちに、ご自分の死にどんな意味があるのかを話してくださいました。

I.過越しの食事を願われたイエス様(7-16)
 険悪な雰囲気の中で、イエス様はペテロとヨハネに過越しの食事の用意をさせました(10-12)。これを秘密のうちに行なわれたのは、イエス様を売ろうとするユダが宗教指導者たちにイエス様の居場所を知らせることができないようにするためでした。それほどイエス様は死なれる前に、弟子たちと過越しの食事をすることを願われました(15)。これは弟子たちにご自分の死が過越しの祭りと関連して、どんな意味があるのかを教えることが、どれだけ大切なことであるのかを知っておられたからです。

II.新しい契約の血(17-23)
 イエス様は食事をしておられる途中、パンを裂いて「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。」と言われました(19)。また血のように赤いぶどう酒の杯を分けながら、「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。」と言われました(20)。過越しの祭りはイスラエルが子羊の犠牲を通してエジプトから救われたことを記念する日です(出12:13,14)。イエス様は十字架で体が引き裂かれ、血を流して死なれた子羊になりました。このイエス様を信じることで私たちは罪から救いを得ました。獣の血でいけにえをささげる昔の契約は不完全であり、これはイエス様が成し遂げられる新しい契約の陰です。新しい契約によるイエス様の救いは完全であり、永遠なものです。

祈り:主よ!あなたは、私を助けるために血を流してくださいました。私は、その恵みを忘れません。あなたに救われた今、新しい人生を歩みます。

一言:イエス様の死は普通の死ではない
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輝かしい栄光を帯びて来られるイエス様
ルカ 21:20-38

 人類の歴史の終末は、イエス様が再臨されることで臨みます。今日の御言葉を通して、私たちが将来来る終末の日に備えなければなりません。

I.からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい(20-28)
 エルサレムの滅亡の日、その町は軍隊に囲まれるようになります。その時には無条件山に逃げなければなりません。その日は神様の恐ろしいさばきの日だからです。その日、イスラエルは剣で殺され、異邦人に奴隷として連れて行かれます(24)。
 このようなエルサレムの滅亡は人類の終末にある大きなさばきの陰です。その日には大きな天変地異が起き、全ての民族が大きな混乱の中で苦しみ、世に臨む恐ろしいことで気を失います(26)。まさにその時、私たちの主イエス様は雲に乗って、輝かしい栄光を帯びて来られます。この日にクリスチャンたちは初めて頭を上げることができます。この日がイエス様を受け入れない人々にはさばきの日ですが、クリスチャンたちには栄光ある救いの日になるからです。

II.よく気をつけていなさい(29-38)
 その最後の日は突然臨みます。またその日は部分的にだけ起こるのではなく、地球上に住む全ての人々に同時に臨みます。放蕩と深酒と煩いのために心が鈍くなった人々には、まるで盗人のように臨むのです。
 それで私たちはイエス様の御言葉を固くつかみ、時代の流れを見る目を養わなければなりません。また世をさばきに来られるイエス様の前で、恐れることなく立つことができるように、いつも気をつけていなければなりません。

祈り:主よ!私が私の罪のために死なれたイエス様を信じます。さばきの日に、私を覚え、天の御国に導いてください。

一言:よく気をつけていなさい。
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