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真理の柱、真理の土台とは
テモテへの手紙第一 3:14-4:5

 パウロがこの手紙を書いたのは、たとえ彼が遅くなった場合でも、テモテに教会での振る舞いを教えるためでした。パウロは、彼に教会が何であるのかを語っています。教会とは何なのでしょうか。

I.神の家
 教会は神の家です。そこは、イエス様をキリストとして告白して、神の子どもとなった人々の住む家です。そして、その教会は、生ける神様からの召集によってはじまり、中心に働いている神様の御意志によって建てあげられました。ですから、教会の中心には、人ではなく神様がいらっしゃるのです。

II.真理の柱、土台
 真理とはイエス・キリストです。そして教会は、真理の柱、真理の土台です。それは、真理が教会のうちに守られ支えられていることを意味します。教会は真理の建ちあがる基盤であり、柱なのです。真理が保たれ、宣べ伝えられているところこそが、まことの教会なのです。その真理はイエス様の受肉、十字架の死、復活、昇天、そして宣教の至上使命に具現化されています(16)。

III.聖なる所
 エペソの教会には、結婚を禁じたり、断食を命じたりして、自分達だけが聖いと主張し、争いを引き起こす人々がいました。しかし、こうした人々は信仰から離れ去ってしまった者です。惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われてしまった者です。良心が麻痺して偽善に傾き、偽りを言う者です。本当は、食物は論争の対象ではありません。なぜなら神様がお造りになったすべてのものは良い物で、私達が感謝して受けとるべきであり、御言葉と祈りとによって聖められるからです(4,5)。

祈り:主よ!この国の教会の主が、確かにあなたご自身であり、そして、あなたの福音を宣べ伝えるものでありますように御導きください。

一言:教会、それは、真理の柱、また土台

カテゴリ:新約聖書::テモテへの手紙第一

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教会の職分を受ける者の姿勢
テモテへの手紙第一 3:1-13

 使徒パウロから、エペソ教会の責任を託されたテモテには、同労する福音のための働き人が必要でした。パウロは、テモテに福音の働き人として、いかなる人物がふさわしいのかを教えています。

I.監督の職(1-7)
 監督とは教会の羊の群れに仕える牧者であり、今日の牧師や長老に該当する職を担っています。監督は羊の群れを主の御言葉によって養い、狼から守る職を担っていました。
 ですから、監督には、非難されるところがなく、ひとりの妻の夫であり、自分を制し、慎み深く、品位があり、よくもてなし、教える能力があり、酒飲みでなく、暴力をふるわず、温和で、争わず、金銭に無欲で、自分の家庭をよく治め、人々に良い影響を与えている人物がふさわしいのです(2-4)。そして、同時に、信者になったばかりの人であってはいけません。というのは、高慢になり、サタンのしもべになってしまう危険を避けるためです(6)。

II.執事の職(8-13)
 執事とは教会の金銭を管理する職分です。初代教会の時代には、主に救済事業を担っていました。こうした実務を任される執事は、聖い良心をもって信仰の奥義を保ち(9)、家庭をよく治めている人であるべきです(12)。 そして、執事の妻も、すべてに忠実な人でなければなりません。
 教会の職を任せることについて、私達は、慎重の上に慎重を期すべきです。一定の審査期間を設け、非難される点がなければ、その職に就任させるようにするべきなのです。

祈り:主よ!この国の教会が、この世の事柄に優れていることよりも、聖い良心と信仰の奥義を保つ人々にこそ、その職を任せることができますように御導きください。

一言:教会の職は霊的な人々に

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信仰の女性の生き方
テモテへの手紙第一 2:8-15

 今日の本文では、パウロは、「男は、怒ったり言い争ったりすることなく、きよい手を上げて祈るように」と言い、そして続けて女の本当の美しさがどこからくるのかを教えています。

I.控えめに慎み深く身を飾りなさい(8-10)
 パウロは、女性はつつましい身なりをし、控えめに慎み深く身を飾るべきであると言います(9)。神様は女性に美しさを与えてくださいました。神様が与えてくださる本当の美しさは、多くの時間とお金を使って獲得するものではありません。髪の毛を手入れしたり、金や真珠のようなアクセサリーを身につけたり、高価な衣服を着たりすることによって得られるものではありません。本当の美しさとは、信仰によって慎ましく生きることにあるのです。この美しさは、内側から自然と溢れ出てくるようなものです。良い行ないによってあらわれてくる、美しいキリストの香りのことなのです。

II.静かにして、よく従う心をもって教えを受けなさい(11-15)
 女性の中には、自分の位置に不満を抱き、男と争ったり、男を支配することを望む人も現れました。自我が強く、人間的能力に優れた女性ほど、そういう面が現れがちです。しかし、女性が教えたり男性を支配することは、主の御心ではありません。しかし、これは女性が、御言葉を教えてはならないということではありません。また男性に無条件に服従するように勧めるものでもありません。
 まるで自分が何者かであるかのように高ぶった心で、男を教えたり、男を支配すべきではない、ということなのです。女性は慎み深く、信仰と愛と聖さとの中で、寛容な心で生きていくべきです。それこそが、神様がお立てになった創造の秩序だからです。

祈り:主よ!あなたに在る女性たちが、慎ましく生き、良い行ないによって、キリストの香りをあらわすように御助け下さい。

一言:本当の美しさ

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主のしもべの生き方
テモテへの手紙第一 1:18-2:7

 パウロは、信仰の子テモテに主のしもべが持つべき姿勢を教えています。

I.信仰と正しい良心を保ちなさい(1:18-20)
 主のしもべは他人を導こうとするよりも先に、自分自身の内なる戦いを戦い抜くべきです。主の御言葉によって、信仰と正しい良心を保ち、勇敢に戦い抜くべきなのです。しかし、この世は、様々な偽りの教えや、確かなものなど無いとするような思想で満ちています。私達が、信仰と正しい良心を保つのは決して易しい事ではありません。ヒメナオとアレキサンデルは良心を捨て、信仰の破船に会いました。私たちが、信仰と正しい良心を保ち、主のしもべとして生きていくことができますように祈ります。

II.すべての人のために祈りなさい(2:1-7)
 この世の偽りと戦うことは、世の指導者を憎んだり、武力で抵抗することではありません。パウロは、すべての人のために祈り、特に高い地位にある人のために祈るように勧めます。私たちの戦いは血肉に対するものではなく、この暗やみの世界の支配者たちに対するものだからです(エペ6:12)。こうした祈りの中で生きる時、私達は、敬虔に、また、威厳をもって、安らかで静かな一生を過ごせるようになるのです。これは、神様の御心にかなうことです。神様は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます(4)。唯一の神様と、私達を結び合わせるために、唯一人の方が来られました。そして、この方はすべての人の身代わりとなって死なれたのです。それ故、私達が全ての人のために祈ることは、神の御心なのです。

祈り:主よ!私が、罪深いこの世に支配されてしまうことのないように御助け下さい。信仰と正しい良心を保ち、人々のために祈る者としてください。

一言:信仰と正しい良心を保ちなさい

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命令の目標
テモテへの手紙第一 1:1-11

 使徒パウロはローマの監獄から一時的に解放されて、しばらくの間、エペソにとどまった後、マケドニヤへと向かいました。しかし、彼はテモテをエペソに残して行きました。なぜでしょうか。

I.命令の目的(3-7)
 当時エペソ教会には、キリストの福音とは程遠い教えを説く偽の教師や、果てしのない空想話と系図とに心を奪われ、むなしい議論を繰り返している人々がいました。パウロは、テモテに、これらのことを禁止するようにと願いました。パウロはその目指すところを教えています。「この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を、目標としています。」(5)。パウロは愛を目指していました。きよい心と正しい良心と偽りのない信仰から出てくる愛を目指していました。彼の命令は、心と思いと力を尽くして神様を愛し、また心の内にある偽りと悪と憎しみを退け、隣人を愛する、その愛を目標としていたのです。その愛を見失ってしまった時、私達は、無益な議論や律法主義に陥ってしまうのです(7)。

II.律法の目的(8-11)
 もちろん律法自体が悪いのではありません。律法は、適切に用いるならば益なるものです。律法は正しい人のためにあるのではありません。様々な悪を行なう者のためにあるのです。悪を戒め、歪んだものを正すことこそが律法の目的なのです。ですから、義なる人々はこのような律法の支配下には置かれていません。律法から自由なのです。私達は、全ての人々を律法の支配下に置こうとする偽の教師に騙されてはなりません。

祈り:主よ!人の心の内にある偽り、悪、憎しみを過ぎ去らせ、あなたの愛を注ぐ、御言葉の師になることが出来るように、私を育んでください。

一言:その命令は愛を目指している

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